グレイアムという男④
深い微睡の中にいた。
その感覚は覚えていて、だからこそ取り乱すこともなくいられたんだと思う。
グレイアムは撃たれ、倒れた瞬間からの全てを【見て】いた。
幽体離脱という言葉を知っていたからか、はたまた元の世界からこちらの世界にくるときに、似たような体験をしていたからか、慌てることなく倒れたままの青ざめた己の顔を眺めた。
『死んだのか……?』
己の声がまるで、水の中にいるかのように反響しない。
なにからなにまで変だと眉間に皺を寄せながらも、寝たままの己の隣で涙するアビゲイルを見つめる。
『……ああ、アビゲイルならきっと……そうするだろうな』
チャリオルトに行くと決めたアビゲイルを、心の底から止めたかった。
けれど今のグレイアムの声は届かず、ただ見守ることしかできないことが歯痒い。
その涙を拭えたらいいのに。
大丈夫だと抱きしめられたらいいのに――。
「娘を愛してくれているのね」
突然聞こえた声に慌てて振り返れば、そこには美しい白銀の髪を持つ女性がいた。
いったい誰だと眉間に皺を寄せて、すぐに先ほどの言葉を思い出す。
『――娘? 今……アビゲイルのことを娘と?』
「そうよ。……私はエヴァン。あなたたちからは新生の神と呼ばれているわ」
『…………新生の、神?』
まるで歯車と歯車が綺麗に噛み合ったかのように、思考がぐるぐると巡っていく。
もしかしたらと思っていたのだ。
小さな可能性にすぎず、ありえないかとすぐに振り払った思考の一つ。
それが事実だったなんて、驚きのあまり口元を押さえてしまう。
『つまりアビゲイルは、新生の神と終焉の神の娘……? 生まれることがなかったはずの子ども?』
「そうよ。……本当は私と一緒に死んでしまうはずだった子ども。私と彼の力で人間に生まれ変わらせたの」
そんなことができるのかと驚きはしたが、疑うことはしなかった。
自分自身もありえないことの連続でここにいるため、不可解なことを理解するのには慣れている。
ゆえに彼女の言葉も、素直に頷くことができた。
『だからアビゲイルは終焉の神の力が使えたんだな』
「私の力もね。……あなたを生かしたのは、あの子の力よ」
『……それは、あとで礼を言わないとな』
グレイアムが死なずにすんだのはアビゲイルのおかげらしい。
目が覚めたら礼を伝えなければ。
「……伝えられる? あの子は行ってしまうようだけれど」
『…………アビゲイルは、優しいから』
アビゲイルはきっと、誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて望まないだろう。
それはわかっている。
わかってはいるが、認められないこともある。
だからこそ、早々に目を覚まさなくては。
――彼女を失うわけにはいかないのだから。
『アビゲイルの出生の秘密を、教えにきてくれたのか?』
「私はあの子に干渉できないから。私が話しかけられるのは、死んでるものだけよ」
『……確かに。一度俺は死んだ』
「正確には二回。撃たれた時もほぼ即死だったのよ。あの子が治したのだけれどね」
楽しそうに笑う姿はどこかアビゲイルに似ていて、彼女に会いたくなってしまった。
「アビゲイルをお願いね。……あの子、あなたのことを愛してるみたいだから」
『……それは、俺は終焉の神に嫌われそうだな』
「――そうね。あの人、アビゲイルに甘いから」
嬉しそうに微笑んだ女性は、一瞬で消えてしまう。
もうこの空間も終わりなのだ。
意識が浮上していくのがわかる。
目が覚めたとき、きっとアビゲイルはそばにいないだろう。
彼女を助けるためにできることを、自分はしなくてはならない。
『……アビゲイル。待っていてくれ』
身体中が糸によって引き上げられるような、そんな感覚を覚える。
上へ上へ。
グレイアムはそっと目を閉じて、体から力を抜いた。
向かおう。
自分がいるべき場所へ――。
ぱちり。
目を覚ましたグレイアムが横を向けば、そこには目に涙を溜めたエイベルがいた。
「坊ちゃん! ようやく目を覚まされたのですね! 今すぐにお医者様を!」
「かしこまりました」
ララが頷くと、すぐに部屋を出ていった。
長らく寝ていたのだろう。
体にうまく力を入れられなくて、グレイアムは寝転んだままエイベルに声をかける。
「――なにが、あったか……はなせ」
声がガラガラだが関係ない。
知っていることもあるが、知らないこともある。
グレイアムからの問いに、エイベルは寝ている間にあったこと全てを話してくれた。
「…………なるほど。そうか」
話終わるころには体が多少は動くようになったので、上半身だけを起き上がらせつつ、医師に見せた。
筋肉が少し硬直しているらしいが、グレイアムが寝ている間レオンがマッサージやストレッチをしてくれていたらしく、すぐに動くようになるとのことだった。
医者に礼を言って下がらせると、すぐにエイベルに顔を向ける。
「アビゲイルを救い出す」
「――わかっております」
「この国がどうなろうと関係ない。……俺は、アビゲイルが笑って暮らせる場所を作る。――そのためなら世界が滅んだって構わない」
矛盾しているだろうが関係ない。
ただアビゲイルの幸せのためにこの世界にきたのだ。
それなのに今、アビゲイルが苦しんでいるなんて許せるわけがない。
「もとよりこの命、グレイアム様に拾っていただいたものです。この屋敷にいる者全て、アビゲイル様のために命を捨てる覚悟です」
ララとリリが膝を折る。
彼女たちの言葉を聞いて頷いたグレイアムは、すぐにエイベルへと命令を下す。
「動けるものを集めろ。――アビゲイルを助けにいく」
「かしこまりました。そのように――」
エイベルの言葉を遮るように、ドアがノックされる。
部屋の中に入ってきたのはレオンで、グレイアムの顔を見るとほっと息をついた。
「……姉ちゃんが」
「わかってる。――必ず助け出す」
グレイアムの答えに表情を明るくしたレオンは、すぐに本来の内容を思い出したのだろう、慌てて告げた。
「客人が来てます。――アリシアって女……」
グレイアムはそっと、眉間に皺を寄せた。