開幕
そしてやってきた国葬の日。
空は憎々しいほど晴れ渡り、雲ひとつない青空だった。
国中の人間が普段は忌み嫌う赤を纏い、国王の死に祈りを捧げる。
賢王かと問われれば否と言えるような王ではあったが、しかし暴君ともいえない影の薄い王であった。
彼の話をするならば、赤い瞳を持つ王女を授かった『神に嫌われた王』と噂されていた。
あとは王妃が金遣いが荒く、そこは難点だったがそのくらいだ。
良くも悪くも国民の記憶に残らない国王は、真っ赤な棺の中で眠っていた。
身に纏う服も赤、周りに飾られる花も赤。
どこもかしこも赤、赤、赤。
そんな葬儀の場で、大げさなくらいに泣いて縋る女が一人。
「――陛下……っ! へいかぁ! なぜ私を置いていかれるのです……っ」
「お母様……」
そんな女の肩を抱き、彼女が崩れ落ちないようにする細身の女性。
癖のない金色の長い髪に、青々とした瞳。
王族の証を持って生まれた女性は、目元に涙を浮かべながらも気丈に振る舞う。
それを見た人たちは口々に言った。
なんと誇り高く、また美しい王女なのだろうかと。
会場の人々が釘付けになるほどの美貌を持つ女性は、棺に縋る母を嗜め立ち上がらせた。
「お母様。お父様とお別れしなくては……」
「……陛下っ、へいかぁ……!」
そう、国王の葬儀にはしたなくも取り乱すのは王妃である。
三人の子を産んだとは思えないほどの美貌の持ち主は、娘、アリシアに支えられながらもハンカチで目元を押さえた。
「母上。そんなでは父上も安心して天国へ行けませんよ」
「ああ、ヒューバート! どうかこの母のそばにいておくれ」
手招きする王妃のそばにヒューバートが向かえば、見目麗しい王族が勢揃いだ。
彼らはお互いに支え合いながら、仲のよさを貴族たちに見せつける。
――なんで茶番だ。
くだらない、とアビゲイルは心の中で吐き捨てる。
王妃は国王を愛してなんていない。
グレイアムから全て聞いた。
このまやかしの家族は、それぞれがおよそ人には言えない秘密を抱えている。
例えばヒューバート。
彼は婚約者のいる身で数多の女性たちと関係を持ち、現在は男爵令嬢に熱を上げ、彼女と結婚したいと思っている。
そして王妃。
彼女には愛人がいる。
そしてその愛人との間に子どもがいるというのだから驚きだ。
アビゲイルを産んだショックから、一年半ほど療養という名目で地方にある別邸に行っていたのだが、そこで愛人との間に子をなしたらしい。
どこがショックなんだろうか?
「…………」
――アリシア。
誰からも愛される自慢の妹。
たとえどれほど怖がられようとも、彼女の内外問わぬ美しさには尊敬さえしていた。
だからどうか。
あの母から生まれたとは思えない、清純なアリシア。
どうかそのままの優しい妹であってくれ。
どうかアビゲイルの標的にならないで欲しいと、勝手ながら願ってしまう。
「……行こう、アビゲイル」
「――えぇ」
差し出されたグレイアムの手をとって、アビゲイルは教会内に入った。
身に纏うのは、瞳と同じ赤い色。
不思議と心は落ち着いていた。
今から過去のトラウマたちと会うというのに。
――隣に、グレイアムがいてくれるからかもしれない。
この瞳ごと愛してくれる人。
そんな人が隣にいてくれるなら、もうなにも怖くはない。
突然現れたアビゲイルに、教会内がざわめき始める。
人々は口々に『呪われた王女だ……』『どうしてここに?』『あの赤目、きみが悪い……っ!』と囁きあう。
だがそんな陰口を聞いても、心はひどく穏やかだった。
普段なら下を向いてしまうのに、ちゃんと前を向いていられる。
王宮の一室で存在を消すようにしていたあの頃とは、やはり変わったのだ。
アビゲイルは口元に微笑みをひとつ浮かべると、驚愕の顔に歪む家族に向かってスカートの裾を掴み挨拶をした。
「王妃陛下、王太子殿下、王女殿下にご挨拶申し上げます」
「…………アビゲイルっ!」
まるで親の仇のように名前を呼ばれ顔を上げれば、そこには鬼の形相をした王妃がいる。
彼女がアビゲイルを見る瞳にはいつも怒りが宿っており、幼いころはこの目に恐怖したのだなとどこか他人事のように思う。
いつかこの瞳が優しく、愛を持ってくれることを望んでいた。
その手で頭を撫でてくれることを願った。
けれどそれはもうありえない。
でもそれでいいと、今のアビゲイルなら思えた。
肩を抱く優しい温ぬくもりに包まれながら、幼い子どもの頃のアビゲイルにさようならを告げる。
どれほど願ってももらえない家族という愛情も、ぬくもりも、もういらない。
アビゲイルには、グレイアムがいる。
「……グレイアム?」
か細くも鈴の根を転がすような声が耳に届く。
アビゲイルの隣にいるグレイアムのことを、アリシアが呆然と見つめる。
さあ、幕は上がった。
あとは完璧に演じ切るだけだと、瞳に力を込める。
もう震えることも下を向くことも許されない。
前だけを、見つめ続けろ。
「お父様に最後のご挨拶をとやってまいりました」




