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お手紙

 あのお茶会の日から、アビゲイルのイスカリに対する印象はほんの少しだけ変わった。

 もちろん彼がやったことを忘れることはできないので、微々たるものだが。

 とはいえ多少は対応が変わったアビゲイルを、イスカリはめざとく気づいたらしい。

 それからというもの、時間を見つけてはアビゲイルの住む建物へとやってくるようになった。


「……ほかの妃のところに行ったらどう?」


「どこにいくかを決めるのは俺だ。指図をしてくるな」


 指図ではなく迷惑だからほかのところに行ってくれという苦情なのだが、あいにくイスカリには届かないようだ。


「おかげでウェンディから睨まれまくってるわよ…………」


「そういえば最近ウェンディの元へは行ってないな」


「行ってあげたら喜ぶと思うけれど?」


「面倒だ」


 イスカリはアビゲイルのベッドに寝転び、ただぼーっとする日々を送っている。

 兄、ヒューバートを見ていたからわかるが、王というのは存外忙しい存在だ。

 特に先進国として進み始めたばかりのチャリオルトは、エレンディーレよりも目まぐるしい日々を送っていることだろう。

 そんな国の王をしているイスカリも、もれなく忙しそうではある。

 だからこうやって部屋でのんびりすることは許しているのだが、そのせいでほかの妃から敵視されるのは避けたい。


「子を成すのも王としての責務なんじゃないの?」


「そっくりそのまま返す。お前が果たしてくれれば俺としては楽なんだがな」


「………………」


「死ぬほど嫌そうな顔をするな」


 今ではこんなふうに軽く言い合いをすることができるのだから、人間関係とはどう転がるかわからないものだ。


「王子の一人でも産めば、この国での地位は安泰だというのに……。なにそんなに拒絶する必要がある?」


 イスカリはベッドに寝転んだまま、肘を立てて手のひらの上に頭を乗せる。

 あまりにもリラックスしすぎている様子のイスカリに、アビゲイルは冷めた目を向けた。


「そんな義務的に子どもを欲しいなんて思わないわ。……愛がなくては……嫌よ。――あなたは子どもっぽいと思うかもしれないけれどね」


「まあ……思いはするな」


 だがイスカリの顔にからかいの様子はない。

 ただ静かにしている。


「…………愛、なぁ。俺にはよくわからん」


「――そう……」


 わからなくていい気もしている。

 わかるほうが、つらいこともあるのだから。


「……そうだ。お前にこれを渡そうとしていたんだ」


「…………これは?」


「オルフェウスからお前にだ。――一応中は確認させてもらったぞ」


 手渡された手紙には、確かにフェンツェルの蝋印がされていた。

 オルフェウスから手紙なんて一体なんのようだろうかと、その場ですぐに開く。

 手紙の内容は簡単な挨拶から始まり、アビゲイルのことを心配する内容が綴られていた。


「失礼なやつだ。妃として来ているのだから、最低限の暮らしは保証されているとわかるだろうに」


「メリア王女のことは?」


「………………」


 黙り込んでそっぽを向いたイスカリに冷めた視線を送りつつも、すぐに手紙へと意識を戻す。

 とても心配してくれているのだろうことが手紙から伝わってきたので、あとで返事を書こうと思った時だ。


「――…………」


 以前オルフェウスとともにボートに乗った時の話が書かれていた。

 きっと先にイスカリによって確認されることを見越していたのだろう。

 内容はぼかされていたが、簡単にまとめるならこうだ。


「――ねえ」


「なんだ?」


「ここの地下に、なにかあるの?」


 オルフェウスからはボートで話した件について、深く知りたいのならチャリオルト王宮の地下へ向かえと指示が書かれていた。

 ここの地下といえば湖だが、まさかこんなところになにかいるのか?

 イスカリに問うと、彼は起き上がりベッドに座ったままアビゲイルを見つめた。


「ある。――はるか昔、ここは普通に地上だったらしい。天変地異によって止まない雨が降り続き、長い年月をかけて湖になったようだ」


「――天変地異……」


 終焉の神と新生の神、そして癒しの神まで消えてしまったこの世界は大きく荒れた。

 結果天変地異でエレンディーレは大地から離れてしまい、小島となった。

 ここが湖となったのは、その時なのだろう。


「もともとここは終焉の神と新生の神を祀っていた場所の一つらしくてな。地下には二柱の像がある」


「――像?」


 その二柱の像がなんなのか。

 わからないがあのオルフェウスがいうのだから、きっと意味があるのだろう。


「……それ、見にいくことは可能かしら?」


「……見返りは?」


「ならいいわ」


「わかったわかった。明日にでも連れて行ってやろう」


 イスカリは仕事があるのかベッドから立ち上がると、渋々といった様子で部屋を出ていく。

 そんな彼の後ろ姿を見つつ、頼むからほかの妃の元へ行ってくれと願う。


「……平和でいたいわ」


「アビゲイル様。……その、メリア第三妃様から、お茶会のご招待が届いております」


「メリアから?」


 まさかの人物からの招待状に、アビゲイルはぱちりと瞬きを繰り返した。

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