少しだけ見直した
「面白そうだから俺も混ざろう」
「――え? へ、陛下? 私にご用だったのでは……?」
王が自ら妃の住む場所までやってくるなんて、それ相応の理由があってだろう。
だからこそウェンディも身支度を整えたのだから。
だがイスカリはそんなウェンディを見ることもなく、アビゲイルの隣へと腰を下ろした。
「用? アビゲイルに会いに行ったらここだというので来たまでだ。それで? どういう風の吹き回しだ?」
どうもなにもないと、アビゲイルは紅茶を嗜む。
「妃からの誘いに乗ったまでよ。おかしいかしら?」
「おかしいな。お前はそういうことに一切の興味がないだろう?」
「興味はなくてもやらなくてはならないことがあるだけよ」
「ほぉ……? まあいいだろう。おかげで面白そうなものが見れた」
イスカリは自分の妃たちを眺めると、テーブルに肘をつき手の甲に顎を乗せる。
「ほら、話せ。さっきまではどんな話題だったんだ?」
威圧的な態度を崩すこともしないイスカリを前にして、妃たちが雑談などできるわけがない。
困惑した様子のミンメイと、イスカリのほうを見もしないメリア。
そしてなぜかアビゲイルを睨みつけてくるウェンディと、三者三様の態度にイスカリはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「お前たちは本当につまらないな」
「へ、陛下――! これは……っ!」
ミンメイが慌てて言い訳をしようとするが、イスカリからひと睨みされて黙り込んでしまう。
なんなんだこれはと呆れつつも、しかたないとアビゲイルが口を開く。
「ミンメイってこの国の人なのかしら?」
「――え? あ、ええ……。そうよ」
「ごめんなさいね。名前が特徴的だったから……」
アビゲイルの問いに答えようとミンメイが動くが、それよりも早くなぜかイスカリが話し始める。
「チャリオルトは元々小さな国で、それを二、三代前の国王の時代から広げていったんだ。王宮が湖の上にあるのも、広大な大地がなかったからだ」
「――そうなの? それにしてもすごい技術よね。湖の上にこんなに大きな建物を作るなんて……」
「この湖自体そこまで深くないからこそできたことだろうな。……今やれと言われてできるかは定かではないがな」
相当な技術なのだろう。
それがうまく相伝できていればよいが、そうでないなら新たに作るのは難しいはずだ。
「今は補填するので精一杯だが……俺が生きているうちに、必ずこの技術を蘇らせてやる」
ニヤリと笑うイスカリに、アビゲイルは少しだけ驚いてしまった。
唯我独尊を絵に描いたようなイスカリは、戦争をして国を広げることにしか興味がないのだと思っていた。
失われた技術を取り戻そうとしようとするなんて、そんな一面があることにびっくりしたのだ。
「話が逸れたな。チャリオルトは多国籍のものたちでできている。だからこそ文化も人種もバラバラなんだ」
確かにその通りだ。
建物や食事の一部は見たことがないものが多いのに、パーティーなので見る人たちの服装はエレンディーレでもよく見る形だ。
かと思えば今ミンメイが着ているドレスは少し独特だ。
布を巻いただけのようなスカートに、ほっそりとしたお腹は出ていて、胸元だけスカートと同じ布が巻かれている。
エレンディーレでは見たことのない衣装に、思わず目が奪われてしまう。
「ミンメイは母方の文化色が強いんだ。だから名前も独特だし衣装も違う」
「なるほどね……」
ランカもそういった存在なのだろう。
近年急激に土地を広げているらしいチャリオルトでは、多文化になっているようだ。
時が流れれば一つの文化となるのかもしれないが、発展している最中の国だからこそのものなのだろう。
「チャリオルトはこれからもどんどん大きく広くなっていく。小さく痩せた土地で惨めに生きてきた先祖たちの無念、俺が晴らしてやる」
「…………」
チャリオルトの歴史を深くは知らない。
だがイスカリがこれだけ言うのだから、きっと過去のチャリオルトは悲惨な状態だったのだろう。
それをこれだけの強大な国にしたのだから、近年のチャリオルト国王は優秀だ。
――そしてそれはもちろん、イスカリもだ。
ただの傲慢なだけの男だと思っていたけれど、その考えは改めなくてはならないらしい。
やり方は乱暴かつ最悪なものではあるが、国のことは思っているようだ。
それがわかっただけでもこのお茶会に参加してよかったなと、アビゲイルは肩から力を抜いた。
「――そういえば、メリア王女のこと。……ありがとう。まさかあなたが本当に動いてくれるなんて思ってなかったわ」
「…………驚いたな。お前がそんな素直に礼を言うなんて思わなかった」
「あら。私自分の気持ちには素直なのよ」
「――なるほど。自分の気持ちには、な……」
なにやら楽しそうなイスカリは、そのままじっとアビゲイルを見つめてくる。
十秒ほどは我慢したが、それ以上は嫌だとアビゲイルはイスカリから顔を背けた。
「これからも自分の妃にくらい優しくしたら?」
「ふむ……。そうだな。こんなに面白いものが見れるなら、考えてやってもいい」
偉そうに、と、アビゲイルはその後一度もイスカリを見なかった。