両極端
アビゲイル用に用意されている席へと腰を下ろせば、その様子をイスカリは楽しそうに眺めてくる。
そんな彼を一睨みしつつも、アビゲイルはちらりと他の妃たちを見た。
「…………」
痛いくらいの敵意を向けてくる人がいる。
鋭すぎるほどの視線で射抜いてくるのは、たぶんだけれどイスカリから寵愛を受けているという第一妃ウェンディだろう。
ランカから聞いているかぎり、相当気が強いようなのでたぶん当たっているはずだ。
そのそばであれこれ耳打ちしてるのが第二妃のミンメイだろう。
なら第三妃は……。
とちらりと横に視線を向けて、アビゲイルはハッとした。
虚な瞳に、根元だけ色素の落ちた髪。
頰は不自然にこけ、目元はくまが濃い。
――間違いない。
彼女が国を存続させるため、家族を目の前で殺した男に嫁いだミュンヘンの王女、メリアだろう。
「…………っ」
その姿は他人事とは思えなかった。
アビゲイルとて、望まぬ結婚を強いられた身だ。
メリアの気持ちは痛いほどわかる。
だがアビゲイルはまだ家族が生きていて、国民たちも無事だ。
守りたい人たちは守れたし、なによりも愛する人が生きようと頑張っている。
だからこそアビゲイルもがんばれるのだ。
――けれど彼女にはそれがいない。
全てを奪われていたら、アビゲイルも同じような姿になっていたことだろう。
だからこそ気になってしまうとメリアを見れば、彼女もまたアビゲイルへと視線を向けた。
瞳に一筋の光を宿して――。
「お前たちは初めて会うだろう? アビゲイルはエレンディーレとチャリオルトの同盟のために、俺の妻となった」
「国を守るため……。立派な志ですわぁ。私は第一妃、ウェンディ。この子は第二妃のミンメイ。――そして……」
ウェンディはちらりと視線をメリアへと向けると、口元を歪に歪ませた。
「そこのが第三妃とは名ばかりのお人形、メリアですわ。ここにきてから一度も喋ったことがないから、いないものとして扱ってかまわないわ」
「陛下のお相手もできない、ただそこにあるだけの人形だもの」
実に不愉快な内容に、アビゲイルは眉を寄せた。
人を人形と比喩するところもだが、それに対してイスカリがなにも言わないのがとても腹立たしい。
己の妃となった女性一人守れないのかと、アビゲイルは彼へと顔を向けた。
「――ただのお人形一つ、まともに扱うこともできないのね」
「――…………なんだと?」
自分が言われていると気がついたのだろう。
イスカリの眉がぴくりと動く。
「メリア王女を人形だというのなら、持ち主であるあなたの力が足りないから、あのような姿になっているんでしょう」
イスカリを知るものなら、それだけの動きで彼の怒りに触れたことに気づくのだろう。
醸し出される剣呑とした空気に、ウェンディとミンメイの顔色が変わる。
「ちょっと、陛下になんて口の利きかたを――!?」
「黙っていろ。次に口を開いたらその舌切り落としてやる」
「――っ!」
イスカリから向けられた殺気に、ウェンディは慌てて己の口を手で隠す。
しんっと静まり返った会場で、イスカリとアビゲイルだけが唇を割る。
「俺の力がなんだと?」
「力が足りないと言ったのよ。妻であるメリア王女一人守れないなんて……」
はあ、とため息をついた瞬間だ。
目にも止まらぬ速さでイスカリは剣を抜くと、そのままアビゲイルの顔の横へと突きつける。
一瞬ピリッと頰に熱を感じたが、アビゲイルはイスカリから視線を逸らすことはしなかった。
むしろ周りの人にバレないように、イスカリの左足元に死の世界へと繋がる穴を開ける。
――いつでも道連れにできるのだぞと、伝えるために。
場の空気が凍る中、アビゲイルの血が頰を伝い真っ白なドレスを赤く染めた時だ。
イスカリは楽しげに笑いながら剣を鞘に収める。
「なるほど。お前は俺に力を見せろと言いたいわけか」
「あなたに興味はないわ。……けれど女一人守れない無能に嫁いだなんて思いたくないのよ」
「……ふん、口の減らないやつだ」
イスカリが怒りのままに首を刎ねなかったことにでも驚いたのか、ウェンディが口を開けては閉めてを繰り返している。
周りも似たような様子なので、イスカリの暴君っぷりが手にとるようにわかった。
「いいだろう。第三妃については考えておいてやろう」
「当たり前でしょう? あなたの妻なのよ?」
「妻だからなんだ? 利用価値があるかないかしか興味はない」
「…………あっそう。まあ、だとしてもあなたの妻だという人が、こんなに痩せこけて……。周りはどう思うかしらね」
「周りなどどうでもいいが……、まあいいだろう」
イスカリはそのまま座ると、まるでなにごともなかったかのように酒を煽る。
さすがに対抗手段があるとて、イスカリと正面から睨み合うのはいい気はしない。
とりあえず今日も首がつながっていてよかったと、安堵のため息をつくアビゲイルを見つめる視線の意味は二つだ。
――嫉妬か羨望。
深い嫉妬の視線を向けるウェンディと、羨望の眼差しを向けるメリア。
両極端な二つの視線に、アビゲイルは気づかなかった。




