僕にしかできないこと
学院に戻ってから一週間が過ぎた時、ヒューバートから手紙が届けられた。
なにかあったのかと手紙を開いたら、中にはチャリオルト国王との対談の場が決まったとのことだった。
「――思ったより早かったわね」
「面白いこと好きだというのは、間違いないのかもしれないな」
面白いこと、なんて話ではないのだが、それで対談の場に来てくれるのなら、黙っているより他にないのかもしれない。
ヒューバートからの手紙にはなるべく早く王宮に戻ってきてほしい、との内容も書かれていたのですぐに帰ることとなった。
「またですかぁ? ……寂しいですねぇ」
帰ってきて早々また王宮に戻ることになり、ギーヴはとても不服そうだった。
「帰ってきたら続きを教えてちょうだい」
「もぉちろんですよぉ」
だがすぐに機嫌が治った。
あれもこれもと本を渡してくるギーヴに礼を言い、アビゲイルたちは馬車に乗り王宮へと向かう。
「――さて、どうなることやら」
「正念場、よね」
この話し合いで全てが決まる。
アビゲイルがふぅ、と息をつけば前に座るグレイアムが手を伸ばし、膝の上にある手に己の手を重ねてきた。
「大丈夫だ。……必ずうまくいく」
「…………ええ。ありがとう」
不思議だ。
グレイアムに言われると本当に大丈夫な気がしてくるのだから。
力の入っていた肩から力を抜いて、グレイアムといろいろな話をする。
するとあっという間に馬車は王宮へと辿り着き、二人が降りるとヒューバートが出迎えた。
「よくきてくれた。――ひとまず中へ。話をしよう」
「はい」
いつものおちゃらけた様子のないヒューバートに、切羽詰まっていることがよくわかった。
彼の案内で王宮内を歩いていると、使用人たちもみな険しい顔をしている。
主人であるヒューバートがこうなら、王宮の中もピリッとし始めるのは仕方がない。
戦争が始まるかもしれないという不安は、今やこの国中の人が抱えていることだろう。
「…………」
アビゲイルが周りを観察していると、すぐにヒューバートの私室へと辿り着いた。
部屋に入り紅茶が準備されるのを待ち、セットが終わってから人払いをする。
「さて、会談の場は一週間後。……ここエレンディーレで、だ」
「――エレンディーレで? チャリトルトかフェンツェルかと思いました」
「僕もだ。まさか我が国になるとはな。いろいろ急に決まったことだが、抜かりなく準備をするつもりだ」
「お願いします」
チャリオルト国王が住む部屋から食べるもの、その瞳に映すものまで、全てを完璧に整えなくてはならない。
失礼があればそれが付け込まれる隙になってしまうからだ。
なるほどだから王宮の人たちがピリピリしていたのかと理解した。
戦争の発端を担ってしまうかもしれないなんて、そんなもの緊張なんて言葉では表せないほどの重圧だろう。
「……もしかしたら、チャリトルトは同盟破綻後、まずはエレンディーレを攻めるつもりなのかもしれない」
「…………」
戦争、の二文字がより色濃くなる。
アビゲイルの頭には、シリルによって撃たれたリリの姿が浮かぶ。
倒れ込む姿。
熱い血が溢れ出て、どんどん冷えていく体。
そしてそのあとアビゲイルたちに向けられた、銃口。
どれもこれもが恐ろしい出来事すぎて、アビゲイルはすぐに頭を振った。
「……戦争を回避しましょう」
あんなに恐ろしいことが、日常になってしまうのだ。
人が人の命を奪うことで称賛されてしまう世界。
そんなものに、このエレンディーレを巻き込んではいけない。
「大丈夫です、お兄様。必ずできます」
「……そうだな。やらなければならないな」
少しだけ不安そうだったヒューバートの瞳が、決意に溢れる。
力強いその瞳に、アビゲイルも深く頷いた。
「オルフェウス陛下もいらっしゃいます。我々は必ず、この話し合いてチャリオルト王の心を掴まねばなりません」
「……そうだ。そして僕なら、それができる」
「はい。お兄様なら、必ずできます」
ヒューバートは大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。
まるで内にある弱い心を吐き出すかのように。
瞳を閉じ、天を仰いだヒューバートは、息を全て吐き出すと勢いよく立ち上がった。
「――よし。必ずチャリオルト王との同盟、成立させてやる! それが僕が国王としてこの国にできる大きなことのひとつだ!」
「そうです。そしてそれはお兄様にしかできないことです」
「そうだ。僕にしかできないこと。……なら僕がやらないでどうする」
力強いヒューバートの瞳。
あの愚かで傲慢だったころのヒューバートはもういない。
彼はもう、一刻を背負うに相応しい国王となったのだ。
ならアビゲイルは、その背中を押せばいいだけ。
優しく、しかし力強く。
アビゲイルは立ち上がるとスカートの裾を持ち、軽く膝を折った。
「――国王陛下。どうぞこの国を平和に導いてください。戦争のない……人々が笑って生きられる国に」
ヒューバートは大きく胸を動かしながら息を吸い、顔の前で力強く拳を握った。
「もちろんだ! 僕は必ずやってみせる。――歴史に名を刻んでやる! この国を戦争から守った王として――!」