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終章 劇作家と風の奏でる歌

 ペオニサは、宵闇に沈む中庭を眺めていた。

「ペオニサ、そろそろ閉めますよ?」

ああと振り返って聳えるような尖頭窓から離れると、インファの放った風が、カーテンを引いた。

「風って便利だねぇ」

「あなたも使えるでしょう?」

インファは召使い精霊のハトを呼んで、机の上に広げられた書類を片付け始めた。そのソファーへ、ペオニサは戻った。

「さて、あまり調子がよくなさそうですね?」

インファはそう言うと、召使い精霊のシラサギに何かを頼んでいた。シラサギはすぐさまどこかへ飛んでいった。

「あー……そだね……まだ、心の整理がつかないよ。ファン、って言っていいのかわかんないけど、オレのこと信奉しちゃったんでしょ?それであんな事件起こしちゃうなんてさ」

シラサギが戻ってきた。鳥はワイングラスと2本のワインボトルを机に置いた。

「あなたは、十分手を尽くしていましたよ」

「そうかなぁ?」

インファはコルクを抜くと、赤ワインをグラスに注いで寄越してきた。

「オレにも、グロウタースで芸能人経験がありますから。人間同士でも、似たようなことを起こして、あちらの法で裁かれる場面を、精霊としてではなく、同じミュージシャンの視点から目の当たりにしたことがあります。注目を集めるということは、リスクを伴うんですよ」

「インファも――や、ごめん。オレ、失礼……」

ペオニサはまた失言したと、ワイングラスの中で揺れる赤い液体を見つめた。

「いいえ。こんな容姿ですからね。街を歩けば、常に注目の的ですよ」

「あっはは。気配消してるくせに」

「当たり前ですよ。自ら歩けなくなるような事態は引き起こしませんよ」

ハハと、インファは声を出して笑った。

「ペオニサ、劇作家を、なぜ使わなかったんですか?」

あーと、ペオニサは視線を泳がせた。

「劇作家なら、彼の自殺は止められましたよ?」

自殺することを、わかっていましたよね?と暗に言われ、ペオニサは俯いた。

「……止められたね。でも、死を選ぶなら、それがあの人の命の選択なら、それを見届けたいって思ったんだ。あっはは。劇作家は風の魔法だからかなぁ?大地の、治癒師の考え方じゃないね」

治癒師なら、どんな場面でも、命を救うことを優先するのに……とペオニサは複雑そうだった。

「インファ、オレ、劇作家を破棄しようと思う」

「そうですか」

「改良の余地はあると思うけど、生死に関わるような運命に触っちゃうのはさ、ダメだと思うんだ。オレは、風の――インファの邪魔はしたくない」

ペオニサの決意ある瞳を受けて、インファはニッコリと優しく微笑んだ。

「あなたは、生でも死でもなく、癒やしの側に立つ人ですよ。劇作家は確かに、死の運命をねじ曲げて、生きるように軌道修正図る魔法へと定着しつつありました。それは、風の王・リティルの理想を助ける魔法となるはずです」

「え?そうなの?」

「ええ。父さんは、極力殺したくないんです。罰は与えても、命を奪いたくはないんですよ。所詮、グロウタースの民の命は有限です。いつか、その命は定められた時に終わるんです。いつか確実に死は訪れるのに、死が罰となるとは思えないのが15代目風の王・リティルなんですよ。しかしながら、悪事を悔いる心がなければ、それは魔物と同じですからね。狩ります。あなたの固有魔法・劇作家は、そんな魔物にも罪悪感を抱かせることができるかもしれません」

「役に立つ?」

「かもしれません。しかし、自由度が高すぎて、あなたへの負担は計り知れませんね。なので、オレからあなたへ、特別な魔法を教えますよ」

コツンと、インファはワイングラスを机に置いた。そして、立ち上がった。

何を?と見上げるペオニサにフッと微笑んで、インファは息を吸い込んだ。

歌が、広い広い応接間に解き放たれた。

――さよなら 止まない雨 

――手の平を空に掲げれば 金色の光が 君にさす

――恐れない わたしには 言葉がある

――歌え 君のくれた言葉を 今こそ 響かせて

――青空の向こう 君に この歌が届く――……

『風の奏でる歌』――風の精霊の力ある歌だ。歌う者によって、聞く者にもたらす効果の変わる、魔法の歌。

インファの歌声は酷く優しく、泣きそうになった。

──叫ぼう 悠久の風の中 君と生きていけると――……

インファが最後の旋律を歌いきった。

「オレの歌は、聞く者の心に何ももたらしません。父さんやインジュ、他の者と歌う時にその歌の効果を上げる、補助的な役割しかありません。なんですが……そんなによかったですか?」

酔ってますか?とインファは、泣いているペオニサをどこか不思議そうに見ていた。

「あんた上手すぎ!ツインヴォーカルでもいけたんじゃないの!?」

「ヴォーカルはインジュに任せますよ。オレは、インサーフローのピアノのほうでいいんです」

インファとインジュは、ずっと昔にグロウタースのある大陸で、歌手をしていた過去があるのだ。もちろん、風の仕事だった。

「謙虚!インファメインだったら、絶対買う!」

「それは、ありがとうございます。覚えませんか?」

「え?えっと『風の奏でる歌』?いやいやいや、オレ、大地に近い精霊だよ?無理だよ!」

「大丈夫ですよ。あなたは、風の力もフルスロットルです。歌えますよ。『風の奏でる歌』に劇作家を組み込めば、死に逝く魂を癒やすことが可能になるかもしれません」

今回、死と共に魔物となってしまったロイスの魂は、輪廻の輪に還る事ができなかった。

ああなっては、いくらリティルが慈愛の王と呼ばれていても、魂を滅することでしか救済できないのだ。

「劇作家は、使い方によっては死の運命にさえ干渉できます。相応のシナリオが書ければ、魔物となり果て、消滅しかない運命を変えることができるでしょう。しかし、現状では数分、数秒しかないその時間に、シナリオを書くことはあなたであっても不可能です。辻褄が合わなければその代償があなたに跳ね返るような危険な魔法を、使わせるわけにはいきません」

自由度は高いが、リスクも高い、自己犠牲系魔法。それが、固有魔法・劇作家だった。

「『風の奏でる歌』は、1つの効果しかもたらせません。今のあなたが歌えるようになれば、もたらさせる効果は苦痛の消去でしょうかね?しかし、歌いながら治療することは難しいでしょう」

「そだね。オレ、喋りながら分析するからなぁ。苦痛の消去はかなりほしい能力だけど、分析能力を殺すわけにはいかないからなぁ。ああ、それにさ、百華の癒やしを鍛えれば苦痛の消去できたりしない?」

「できるかもしれませんが、霊力の消費量が問題ですね」

「そっかー……怪我の度合いによるもんね……」

悩み始めたペオニサに、インファはフフと楽しそうに微笑んだ。

「話を戻しますが、劇作家を使えば、魔物となるしかない魂の救済という効果に『風の奏でる歌』を書き換えることができると思われます。その場合、劇作家は『風の奏でる歌』を歌う時以外発動できなくなりますが」

「それ……いいんじゃない?辻褄さえ合えば、運命に無制限に干渉できちゃうっていうのも怖いしさ、失敗するといちいち怪我すんのも痛いし。歌、インファが教えてくれるんでしょ?じゃあ、ヤダって言えないなぁ」

落ち込んでも暗い顔を見せないペオニサが、インファは心配になる。

インファには、素直な感情を見せて?と迫るくせに、彼は見せない。

「……不公平ですね」

「え?何か言った?」

「いえ。少し、拗ねているだけです」

「ええ?なになに?どしたの?」

「なんでもありませんよ。どれだけ飲めますか?」

「さあ?酔ったことないからわかんないなぁ。試す?どっちが強いか、試しちゃう?」

「いいですよ?明日後悔しないでくださいよ?」

「あっはは!望むところだよ!」

インファは自信があった。ペオニサを潰して、本音を聞き出してやろうと思っていた。

2人は同時に、ワイングラスを手にすると視線を合わせて笑い「いざ!」と勝負を始めたのだった。


 朝、応接間へ入ったリティルはゲンナリした。

「おまえら……何やってんだ!おい!起きろ!」

リティルは風を操ると、聳えるような尖頭窓のカーテンを開いた。ソファーと机が、明るい朝日に照らされた。

「うーん……まぶし……」

モゾッと、机に突っ伏して寝ていたペオニサが眠い目をこすりながら体を起こした。彼の向かいでは、インファも同じように体を起こしていた。

「あれ……?リティル様、おはよ……」

「おはようございます……父さん……」

「おはようじゃねーよ!酒盛りしてたのかよ?おまえら……そんなんで仕事できるのか?」

「でき!あたたたた……頭痛い……だ、大丈夫これくらい治せるから!インファ、大丈夫……って大丈夫じゃないね。あっはは……勝負どうなったんだろう?途中から記憶ないや」

頭を抱えたペオニサは、向かいのインファに視線を投げた。インファも頭痛がするようで、膝に肘をついて片手で額を押さえていた。

「インファも記憶ないのかよ?はは、ペオニサも強えーな。インファと張り合えるのオレくらいなんだぜ?死屍累々の中、顔色1つ変えねーんだ」

「そうなの?オレも潰れたの初めてだ……次はリティル様も一緒に勝負しよ!」

「ハハ。いいぜ?暇なときな!」

インファは遠慮なくリティルにポンッと肩を叩かれて、机に突っ伏した。その頭に、ペオニサは手をかざした。頭痛を取り除こうとしたのだ。チラッと視線を上げたインファは、いきなりペオニサの手首を掴んでいた。

「触れてくれないんですか?」

「触らないよ。邪なこと、考えちゃうからさ!」

ペオニサの返答にフッと笑ったインファは、瞳を閉じると、ポンッと自身の頭に捕まえた彼の手を置いたのだった。

「あっはは。無防備だなぁ。知らないよ?」

「いいですよ?度が過ぎたら、返り討ちにしますから」

朝から楽しそうな笑い声が、風の城の応接間に響いたのだった。


 風一家唯一の非戦闘員、牡丹の精霊・ペオニサ。

花の姫・シェラに次ぐ、高い治癒能力を持つ、治癒師だ。

花の精霊でありながら、風の精霊の歌『風の奏でる歌』を歌うことができ、魔物と成り果てた魂をも癒やす。

雷帝・インファの寵愛を受けていると噂されているが、真偽は定かではない。

というのはインファは「愛していますよ?」とにこやかに笑い。ペオニサは「ああ、受けてる受けてる、チョウアイ」と満面に笑みを浮かべるからだ。

否定しない2人に、噂は徐々に下火となり立ち消えることになる。

 日々戦いの中にある風の城を、そのねあかな性格と高い治癒能力で癒やし続けるペオニサを、精霊達はいつしか百華の治癒師と称するようになるのだが、それはまだまだ先の未来である。

ワイウイ19これにて閉幕です

楽しんでいただけたなら幸いです

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