序章 恋の香り
ワイウイ19開幕です
楽しんでいただけたなら幸いです
恋する者は、様々なおまじないや想いが叶うと言われている物を手に入れたがる。
それは悪いことではない。恋という、非現実な遊びとも言える時間を楽しむことは、いつしか実を結ぶ為に大切なことだ。
恋を成就させるアイテムには、流行廃りがあった。
最近の流行は香水。
老舗ではない、個人と思われる調香師の作ったその香りが恋に効くと、もっぱらの噂だった。
「ふーん、香水ね」
緑の半端な長さの髪に、大輪の牡丹の花を両耳の上に咲かせた、華やかな見た目の男性が、雑誌に目を落としながら呟いた。
「あら十華様いらしていたんですか?」
肩までの波打つ髪の、眼鏡をかけた若い女性が、窓際に座っていた男性に近づいた。
十華と呼ばれた190センチはある長身で、男らしいがたいの男性は、彼女に笑いかけた。
「邪魔してるよ、レイビーちゃん」
「執筆は順調ですか?」
「うん。まあね。だけど今日はちょっと息抜き。今流行の恋のお守りは何かなぁって思ってさ」
彼は、宝城十華。官能小説家だ。レイビーは、この、双子の風鳥島、クエイサラー支部の親衛隊隊長を務めている、言わば十華の秘書のような仕事をしている女性だ。
十華は殆どこないが、こうやって極々たまにフラリと出版社を訪れる。この出版社も十華の持ち物で、彼の小説は自費出版だ。だが、キチンと利益は出ていて、こじんまりしているが従業員に給料も滞りなく支払われている。
雇い主の十華は、少々変わった御仁だが、理解があり自由にさせてくれ、1番近くで宝城十華の小説に触れられるとあって、レイビーにとっては最高の職場だった。
「恋のお守りですか?でしたらあれですね」
「香水?」
レイビーの言葉に、十華は雑誌の写真を指さした。
「そうです。その中でも特に人気があるのが、幻の香水『フェアリア』です」
「幻?そんな高そうなのが流行ってんの?業界の横暴かな?」
十華は嫌そうに眉間にしわを寄せて、雑誌の文字に目を落とした。十華は、恋する者をいつでも応援していて、恋を食い物にするような行いは大嫌いなのだ。レイビーは、そんな雇い主に眼鏡の奥の瞳を優しげに細めて苦笑した。
「いいえ。個人の調香師が調香した品なので、数が少ないのです。つてがないと、手に入れるのは難しいとか」
「そういうのもちょっとなぁ……オレ、自分で作れる物かおまじないの方が好きだなぁ。効くの?」
「効果は絶大だとか。私も興味はありますが、まだお目にかかっていません」
「レイビーちゃんの情報網を持ってしても手に入らないの?それ、実在する?」
「そうですね……眉唾かもしれませんね。でも、どんな香りなのか、十華様、興味ありません?」
レイビーの言葉に、十華はムムムと唸った。
「……ある。悔しいけど」
「でしょう?今度の宝城十華と語る会までに、情報を集めておきますね」
「あっはは。よろしくー」
2人は顔を見合わせて、互いに恋愛感情なくニコニコと笑った。
しかし、この香水が十華を、命の危険のある事件に巻き込むことになるとは、まだ、2人は知らなかったのである。