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第7話 自白とそれぞれの道

第七話

―撮影当日の朝―

恵留は莉緒の父親、涼介に指定された場所で

ロケバスの迎えを待機していた。

当然悠長に構えてる余裕はなく、表情はガチガチに強張っている。

「乗れ」

「…………はい」


迎えにきたのは涼介本人とマネージャーらしき人物。

恵留は言われるがまま、車に乗り込んだ。


「俺の顔に泥を塗ったら、わかるよな」

「その為にレッスンを受けさせて貰ったので…」

「ふん」

そんな緊張感の中、撮影地についた面々。

メイクや着替えを済ませた後についに恵留の役者デビューの撮影が始まるのだった。


――――

「なんでいるの」

 

一方その頃、矢が的を射抜く音が同時刻の弓道場で

鳴り響いていた。

本来であれば部活が休みの弓道場でただ一人、

ひたすらに矢を射抜き続ける人物がいた。

「…………」


朝日の差し込む弓道場にいたのは事を様々な形で

ややこしくした本人「綾瀬澪」だった。

「おはようございます」

「今日部活休みだよ」

「先輩だって来てるじゃないですか」

「まあ、ね」

莉緒は適当な返事をして更衣室で着替えを済ませた。

外からは野球部やサッカー部の掛け声が聞こえる。

だが道場に響く声はない。

「……」

「……」


莉緒と澪は自然とお互いに意識をしない様に

干渉をしない様にそれぞれの練習に臨んだ。

時折、澪は莉緒の姿を見つめる。

まるで莉緒の技を盗もうとするかのようにジッと静かに

真剣に見つめていた。

無論莉緒は自ら何か言葉を発することはしなかった。

「やりづらい」それが二人の正直な気持ちであった。

しかし、莉緒もそこまで子供ではない。

わざわざ怒鳴って問い詰めたりする様な事はしない。

そんなのはただの時間の無駄なのだから…。

というかそもそも裏でコソコソ詮索してた学生が

問い詰められたからと言って白状するとも思えない。

「…あの」

「ん?」

「先輩、もう気付いてるんですよね」

「…………」

訂正する。

割とこの子は肝が据わっているようだ。

「気付いてるって、何が?」

わざと惚けて試してみるが

「私が先輩に告白した事」

「君、まじか」

あっさりと白状されてしまった。

「はぁ…」

「何ですかそのため息」

 

莉緒は床に倒れながら

「今度は待ち伏せかよ」

と、キャラを忘れた言葉遣いを発した。

「は?」

「綾瀬さんさ、前回は私がいることを見込んで

 わざわざ詮索に来たでしょ」

「……」

「で、今度は私が来ることが分かってるからっめ

 わざわざ待ち伏せ…って何がしたいのよ」

「先輩から恵留君を寝取る」

前回、朝練で彼女に対して思った印象を訂正する。

この子は部にいる誰よりも欲が深い強欲な子だ。

純粋は純粋でも悪い方に純粋すぎる。

「だから私付き合ってないって」

「昨日もデートしてましたよね」

「は?」

当然、部の人間にデートの話など漏らしていない。

そんな話をする相手などいないのだから、

仮に漏らしたとしたら九十九恵留ということに…。

「恵留君のSNSの投稿でみました」

「九十九君はアイドルじゃないんだから」


何故この子がそこまで九十九恵留を好いているのか、

莉緒には滅法理解ができなかった。

言うても出会ったのは二ヶ月前ぐらいであり、

たった二ヶ月の練習等の期間でそんなどっぷり沼るものなのだろうか。

「私は恵留君が好きなんです」

「告白したんでしょ?」

「振られましたよ」

「あんまり一線超えるとストーカーって言われるよ?」

「別にいいです」

 

あーだめだこれは。話が通じない。


莉緒は目の前で必死にこっちを睨みつけてくる澪を

呆然と見つめるしかなかった。

「君は九十九君と初めて出会って間もないんだから

 彼が振り向かないのも仕方ないんじゃないの?」

思わず諭す様な言い方になってしまった。

「じゃないもん」

「え?」

「初めてじゃないもん」

「…………」

まさかだけど、と莉緒の中に嫌な予感が思いつく。

そしていとも簡単にその嫌な予感は的中する。


「中学の頃、私は弓道部のマネージャーでした」

「えっとそれはつまり、九十九君と同じ…」

「はい」


九十九恵留――めんどくさい。

はっきり思った莉緒の感想である。


「でも初めましてって感じだった様な…」

澪は莉緒の言葉に膝から崩れ落ちた。

「え??」

「忘れられてたんですよ。言わせないで下さい」

「あーごめん。デリカシーなかった」


恐らく事故の後遺症の関係なのだろう。

未だに部員の名前はメモを見ないと思い出せない恵留だ。

中学の記憶が曖昧なのも無理はない。

まあそもそも恵留のいた学校自体が有名校であり、

部員数も比較的多い為関わりがあったのかどうかは不明だ。

主人公に対してモブ役Aが視聴者の記憶に残っていられることは余程のことがなければないだろう。

「その頃から好きなんだ」

「その頃にも告白してます」

「え」


余程のことがあったらしい。

 

「何ならその時も振られて彼は私にっ…」

「?」

「何でもないです」

「は、はぁ」

 

仮に余程のことがあったとしても覚えられてないのでは

元も子もない。

そもそもこの子は彼の後遺症についても知らない。

濡れ衣?いや何か怒られても仕方ないのだろう、か…?

 

「はぁ…」

「私のことは未だに憶えてないくせに弓道がうまくて

 元ライバルだった先輩のことは覚えてるなんて、

 許せないです」

「いや私関係ないじゃん」

「大有りです」

「はぁ……?」


流れ弾を喰らうにしても程がある。

こんな些細な縺れで妬まれて嫌われるとは思いもしなかった。


「君は私にどうしろと言うの?」

「そうですね、どうしてもらいましょうか」

「なんだよそれ」

「あ、決めました」

「は?」

「新人戦私も先輩に挑みます」

とんとん拍子で進む会話は理解が追いつかなくなるから

勘弁してほしい。

「何でそうなるのよ」

「弓道が上手くて記憶に残る=私が先輩以上になれば

 記憶が上書きされる=私は彼と付き合える」

どんな数学式だよ。

と、まあそんなツッコミを心のうちで入れながら

莉緒は「そう簡単に行くかな」と苦笑いを浮かべた。


「先輩に勝ちます」

「別に負けるつもりはないけど、

 負けても仮に勝てたとしてもそれで九十九君が君に

 振り向かないからって私に突っかからないって

 約束して貰えるのかな?」

「わかりました。その時は先輩に恵留君はゆず…り、ます、」

とても納得してない発言だが

莉緒ももうめんどくさくなってしまった。

「じゃあ練習戻ろう。私も練習しに来てるし」

「言われなくてもやります」

「はいはい」


こうして謎の因縁をぶつけられた日曜の朝練は

そこからも気まずい空間のまま、練習が進むのだった。


――――――

「疲れた」

着替えやら食事やらを終え、

一人の自由な時間になった途端に全ての疲れが

身体中を全力疾走し始めてしまう。

人に敵意を向けられることがこれほどまでに疲れるとは

思いもしていなかった。


「もう寝れそう」

と、莉緒がそのまぶたをゆっくりと閉じようとした時。

 

莉緒のスマホが着信音を響かせた。

発信者は当然恵留だ。


「君、いい加減にしてよ」

「へ?」

電話に出たと同時に溢れる文句に

恵留の頭にハテナが浮かんでしまう。


莉緒はことの顛末を全て恵留に話をした。


「撮影してる間にそんなことが…」

「あなたの彼女、将来やばいよ」

「彼女じゃないですよ」

「うっさい黙れ」

「信頼の指切りげんまんしたじゃないですか」

「ふん」

  

今回のことに関しては巻き添えだったとしても

恵留自体に問題があったわけでは、ない。


「君のせいなんだけどね」

「えぇ…」


理不尽な物言いに恵留が肩を落とす様子が

電話越しに伝わってきた。


「あ、そうだ。君は何の様なの?」

「そうだ言わないといけないことがあるんです」

「言わないといけないこと?」


莉緒は重い体を起こしてスマホをスピーカーにした。


「何?」

「僕、俳優デビューすることになりました!」

「あぁ撮影でしょ?やってきたの?」

「はい、それで俳優として正式にデビューすることに

 なったんです」

「へぇ、凄いじゃん」

「はい、ありがとうございます」


「……」

「……」


「は?」


莉緒の鈍くなった思考回路が機能したのは

数秒遅れた後だった。


「え?」

「実は…」

恵留は現場で起こったことを莉緒には事細かに伝えた。

内容をギリギリまでシュッと簡単にまとめると、

演技をしたら割とウケて父親の事務所にスカウトされて

実質的に事務所所属の俳優となった、ということだった。

「で、今回のドラマ撮影が終わったらモデルとか

いろんな仕事に斡旋してみると言われまして」

「九十九君って何者」

「いやただ記憶喪失の高校生です」

「それはテレビで言ったら跳ねるね」

「そうですかね?」

そんな現場で楽しそうにしていたという話を聞いていると

莉緒の中には自然と不穏な感情が湧き出していた。

本来、恵留の立ち位置にいた可能性があるのは莉緒だったのだ。

羨ましいとかやりたいなどの思いは莉緒にはない。

理由は簡単だ。

自分は表に立つ人間ではないと莉緒は心の底から

自分を理解しているのだから。

「先輩?」

「ん、ぁあ何…ごめん」

「それでセリフなんです」

 

じゃあこの感情の正体は何と表現すればいいのだろうか?

何という名前をつければいいのだろうか。

 

「莉緒先輩」

「ん?」

「僕は身代わりになったこと、後悔してないです」

「…………」


そんな名もない感情が漏れ出していたのだろうか。

突然の発言に莉緒は言葉を詰まらせた。

「何?急に」

「先輩は精々僕に勝てる様に弓道の練習を頑張って

 くれればいいんです」

「生意気」

「じゃあ僕、明日のセリフ入れないとなので…」

「はいはい。じゃあね新人俳優さん」


莉緒は通話を一方的に終わらせ、

枕元にスマホを投げ捨てた。

身代わりになったこと、後悔してないです。


「……ばーか」

 

たった一言の恵留の言葉はその夜、

莉緒の睡眠を緩やかにしてしまうのだった。

 

 


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