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第5話 噂と事実とそれぞれの想い

恵留の一言は重い空気の中に飲まれる様に消えていった。

相変わらず父親は恵留を睨んでいる。

「僕がやります、だと?」

「はい」

「話を聞いてなかったのか」

「聞いてましたけど…」


父親が莉緒にやらせようとしている仕事は

深夜ドラマの『ヒロイン枠』の仕事だ。

ヒロイン枠なのだから当然、莉緒に与える前提の役柄なのだろう。

つまりは男である恵留が踏み込めるものではない。

「なんだ女装でもするのか?笑わせるな」

「有栖さんの権限があればねじ込めるんじゃないんですか?」

この人は本当に自分の知っている恵留なのだろうか、と

話を聞きながら莉緒は驚きを隠せなかった。

いつもオドオドしてる恵留とはとても思えない。

「偉そうなことを言う」

「有栖さんの力なら莉緒先輩達じゃなくても…」

「お前に何ができる?」

「えっと…こ、根性があります」

「莉緒の代わりにお前が全て請け負うと?」

「………………はい」

父親は暫く考える素振りを見せた。

こんな子供の正義感等、すぐに壊れるだろう。

今は莉緒を守ることに必死になっているだけで

最終的に泳がせてみるのもありだろう。

壊れたところで…………。

「いいだろう。お前の連絡先を教えろ」

父親の企みに気付くことはなく、

恵留は素直に自分の番号を伝えた。


「ちょっと勝手に話を進めないで」

莉緒は起き上がると恵留の手を掴んだ。

「勝手なことしないで」

「とりあえずあとでお叱りは受けるので…」

「だからそもそもの話…」

「決まったことを覆そうとするな。何もできない癖に

 偉そうに意見するんじゃない」

「っ…」

父親の言葉に莉緒は言い返す言葉を見つけられなかった。

「話が決まったら連絡をする。すぐに返事をしろ。」

「わかりました」


恵留の返事を聞いた父親は不適な笑み浮かべながら

莉緒の部屋から出ていった。


「……」

「……」

二人きりになった空間に暫しの無言が流れた。

気まずさ満載の空間だった。


「莉緒先輩、大丈夫ですか?」

「勝手なことして…」

「ま、まあ何とかなりますよ」

「記憶力のない君がどうやって演技をするの?」

莉緒はらしくもなく声を荒らげた。

「えっと……根性で」

根性で何ができると言うのか。

莉緒はただただため息を漏らすしか無かった。

今更何を言おうと既に二人は連絡先を交換してしまっている。

何をしようと父親は強行するだろう。

「バカだね。君は」

「そりゃ目の前で殴られてるの見たら本能的に」

「何かあったらすぐ私に教えて」

「何かあったらとは?」

「父親から連絡来たり何の仕事することになったとか」

「わかりました」


結局恵留はそのあと莉緒の母親に送られて

帰宅をするのだった。

道中、恵留の頭にあったのは莉緒の言葉だった。


記憶力のない君がどうやって演技をするの?

的を得ている。

ただ遠慮がなさすぎて少し傷ついたのも事実。

「何とか頑張ろう」


誰かのために何かを成したいと思う。

こんな感情になったのは初めてのことだった。


――――――

数週間後、

莉緒は朝練のためにいつも通り登校をした。

「…今日もいないか」

しかし父親との一件以降、恵留は放課後こそ参加するものの朝練には顔を出さなくなっていた。

遠慮もなく怒りに任せて言い過ぎだのだろうか、と

莉緒も内心では心配をしていた。

まだ仕事は始まってないはずなのだが…。

「あっ」

そんな考え事をしながら矢を射っている時だった。

扉が開き、見覚えのある生徒が立っていた。

「綾瀬さん?」

「おはようございます」

「おはよう…朝練に来たの?」

「はい、私も試合頑張りたくて…」

「そうなんだ。いいよ、隣どうぞ」


綾瀬はその言葉に嬉しそうに荷物を置いて

着替えを始めた。


「良ければ少し教えようか?」

「いいんですか?」

「いつも九十九君に教わってるし、

 彼の教え方も気になるから」

「お願いします!」


結論から言えば綾瀬さんは成長段階なのだろう。

体力などは入部した頃と比べれば確かに身につき、

体付きも多少変わった様に思える。

しかし所作にはまだまだ初心者感が拭えない。

まあそもそもたった一ヶ月二ヶ月そこらである程度出来たらそれはもう才能か恵留の教え方が神がかっていることになるのだが。


「ありがとうございました」

「ううん、全然いいよ」

朝練を終え、片付けをしながら少し会話をした。

「有栖先輩は弓道凄いですよね」

「まあ両親を見返すためにがむしゃらだったからね」

そう、莉緒が弓道に力を入れるのは他でもない、

芸能の仕事から逃げるためだった。

母親は家にいれば手伝わせてくるし、父親は隙あらば仕事仕事仕事…。

だったら家にいない時間を増やせばいいというのが

幼いながらに至った莉緒なりの抵抗方法なのだ。

「そういえば有栖先輩のお父さんは…」

「そ、有栖涼介だよ」

「凄いですね」

「ただの炎上屋だよ」

「あはは…」

あの父親は性格に難があることは有名だった。

良く不倫やら賭博やらの疑惑をかけられ、

週刊誌に取り上げられている。

ただし演技や芸歴の長さから仕事がなくならないという

中々の人間だった。

「そ、そうだ有栖先輩に聞きたいんですけど…」

「何??」

「九十九君と先輩って付き合ってるんですか??」

「………………」


「は?」


思わず間抜けな声を出してしまう。

どこからそんな風に見えてしまうのか。

「何で?」

「いや、その…合宿で夜抜け出したとか噂になってて…」

「なるほど」


噂を流したのは恐らく三年生だろう。

ご丁寧に根も葉もない噂ではなく、

一緒にいるところを見たというお墨付きで。

逆に言えば見ただけで信憑性の高いものとされ、

広がるのもしょうもないのだが。


「悪いけど付き合ってないよ」

「そうなんですか?」

「初めて出来た後輩だから面倒を見てるだけ。

 周りからも経歴上一緒にされることが多いだけだよ」

「…そうだったんですか」

安堵をした様な表情を浮かべる姿に

莉緒はすぐに状況を察した。

ならば…。

「私は誰とも付き合わないよ」

「ほんとですか?」

「環境が環境だからね」


莉緒は含みを持たせた言い方をしたが

純粋そうな澪には十分なものだった。

「ほら予鈴鳴っちゃうよ。一年棟遠いんだから」

「は、はいありがとうございました!」


莉緒は鍵を職員室に返し、

教室に駆け足で向かった。

「お〜莉緒ギリギリ〜」

「加奈が起きてるなんて珍しいね」

「そう?ほら朝礼始まるよ」

「はいはい〜前向きますよーっと」


こうして莉緒の一日がまた今日も始まるのだった。

――――――――

「莉緒先輩、一緒に帰ってもいいですか」

「……」


放課後、恵留は久しぶりに莉緒に声を掛けてきた。

「いいけど…」

特に後ろめたい事があるわけでもなく、

何かあるというわけではないのだが…。

「正門で待ってて」

「わかりました」

今朝澪に言われたこともあり、変な噂が増えない様に

少しばかり気を使ってしまった。


「お待たせ」

「どうしたの?急に」

ここ数週間、恵留は妙に忙しそうにしており、

部活後もそそくさと帰ってしまっていた。

部活中以外で話すのは何となく久しぶりの感覚がする。

「この前言いかけて忘れたことあったじゃないですか」

「忘れたこと??」

「ほら送ってもらった日に話そうとして

 いつものド忘れかましたやつ」

確かにそういえばそんなこともあった様な…。

「思い出したら教えてって言ったやつ?」

「そうです」

「あぁ。約一ヶ月経って思い出したの?」

「ほんとは少し前に思い出したんですけど、

 最近ドタバタしてて話す暇がなくて」

「で、何だったの?」

莉緒の言葉に恵留はカバンを漁り始め、

自分のスマホを取り出した。

「スマホ?」

「これです」

スマホの画面に映し出されていたのは近くにある

映画館の情報だった。

内容としては莉緒も好きなアーティストがエンディングを歌い、今泣ける映画として有名なものだ。

「……これは?」

「良ければ行きませんか?」

「デートのお誘いってこと?」

「ですね」

「一つ確認したいんだけどさ」

「あ、ちょっ」


莉緒は恵留のスマホを奪い

自分のトーク画面に送信をした。


「行くのはいいけど、週末でいい?」

「はい、半日の日でいいですよ」

「じゃあそこで行こっか」

恵留カレンダーアプリにその日の予定を登録した。

「ちゃんと登録するんだね」

「忘れたら元も子もないんで」

「じゃあ真似して」

莉緒は同じようにカレンダーアプリに予定を登録した。

映画自体に行くのは数年ぶりだろうか。

僅かながら楽しみという感情が湧いて出る。

 

「確認したいことって何ですか?」

「いや、映画いった時に聞くよ」

「わかりました」

莉緒は一足先に到着した電車に乗り、

この日は恵留と別れるのだった。

 

恵留は電車に揺られながらスマホのトークアプリを開く。

《六月三十日 午前十一時にテレビ局に来い》

莉緒が正門に来る前に届いたメッセージだった。

あの日以来、恵留には一つの秘密ができてしまった。

莉緒にも教えてない秘密……。

それは定期的に莉緒の父親、有栖涼介に呼び出されて

レッスン場に通わされていることだ。

そして遂に今日、仕事の日程が決まったのだった。


「ケジメをつけなきゃいけない」


――――――

 

「九十九君、お待たせ」

週末、練習が終わり二人は約束通りに

待ち合わせ場所で合流をしていた。

わざわざ待ち合わせを選んだのは

莉緒なりの噂に対抗する配慮だった。


「行きましょう」

「デートなら手ぐらい繋いどく?」

「揶揄わないでください」

「ごめんごめん」

莉緒は時折そんな冗談を言いながら

映画館までの道のりを歩いた。

「莉緒先輩、楽しんでます?」

「というか誰かと出かけるの初めてだから」

「そうなんですか?」

恵留の頬が少し赤く染まる。

「あ、照れた」

「いや、僕も人と出掛けるの初めてなんで…」

「あら」

莉緒は少し驚いた様に目を瞬きさせた。

「先輩も照れてるじゃないですか」

「じゃあ初めて同士、楽しもうか」

「はい」

二人はその後軽い昼食を済ませ、

恵留の予約していたチケットで館内に入場した。


泣ける映画と話題なだけあって所々、

涙腺を刺激してくる様な箇所がある。

莉緒はプライドなのか必死に涙を堪え、

恵留は感動にめっぽう弱いのかだらだら涙を流していた。

一時間半ほどの映画は久しぶりに楽しむものとしては

十分過ぎるものだった。


「九十九君、泣きすぎ」

「つい…」

「ほらハンカチ貸してあげるから」

「ありがとうございます」

差し出されたハンカチを受け取り、

恵留は涙を拭った。

 

「それも記憶力に関係するのかな?」

「もしかしたらそうかもです」

「あ、やっぱり?」

「昔見た映画とか、似た様な展開とか王道展開とか

 見たことあるものもうっすら覚えてますけど、

 覚えてないのもあるので」


心なしか莉緒の記憶喪失弄りが過激になってる気がするが

恵留は敢えて突っ込まずにスルーをした。


「最後の曲も相まって良かったですね」

「確かにね」

「いい曲だった」

「僕もあんな演技をしないと…」


何気ないその一言。

 

「恵留君」

「えっ」

 

初めて面と向かって呼ばれる名前。

恵留は目を見開いて驚きを表現する。

 

「まだ時間あるよね」

「はい?」

莉緒はスマホを操作してマップアプリを表示し、

恵留に見せながら「ここに行こう」と言う。

「ここって」

「カラオケボックス」

「歌いたいんですか?」

「まあね」

当然、それだけが目的ではない。

というかそれが本来の目的ですらないのだが。

「いいですよ、行きましょう」

「よしじゃあ出発」


恵留は気づいていない。

莉緒の目があの日、あの夜に話したときの様に

『目を離すな』と言う様な圧を感じたあの眼差しに変わっていることに。

しかし、それと同じく恵留の前を行く莉緒も

気付いていない。


恵留の目もまた普段と異なっていることに。


 




 

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