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第2話 偽りの愛


「おかえり」


家の玄関を開けると、そこには母親の姿があった。

「…出掛けるの?」

いつもより濃いメイクをして

いつもより少し若い服装をして

いつもより緊張気味な顔色をした母親はシンプルに

遅くなると言い残して家を出ていった。

「珍しい」

しかし、普段あまり出かけない母親が出掛ける理由は

リビングの扉を開ければすぐに答えが待っていた。

「おお。おかえり」

「っ…」


待っていたのは実の父親、だった。

平均よりも高い身長とガタイの良い姿。

テレビで見るよりも若干大柄な男が

新聞を見ながら朝ラップされていた食事を口に運んでいる。

「帰ってきてたんだ」

「悪いか?」

「別に」

「なんだ?その態度は」

「普通」

一般的な反抗期。

莉緒と父親の間にはその一言では言い表せない険悪な空気が漂っている。

よく有名人の子供に生まれたら幸せ、なんていう

事を言う人たちがいる。

だけど現実なんてこんなものだろう。

有名だからこそその子供は腫れ物の扱いをされる。

「お前にちょうどいい役の仕事があるんだが…」

「だから私は芸能人なんかにならないって言ったよね」

「いつまで意地を張ってるんだ」


 莉緒が父親を嫌う理由は三つある。

 一つ目は役者をゴリ押しすること。

 勝手に仕事を持ってきては強要する。

 勿論、莉緒はそれに屈したことはない。

「やる理由がない」

 その度に揉めて何度も喧嘩したり家出をしたりと

 絶縁に向けて道を歩んでいっている。


二つ目の理由は有名人であること。

確かにここまで成長できたのは父の稼ぎのおかげで

一人では生きていけないのは分かっている。

それでも父に遊んで貰った記憶はない。

仕事の文句を言ってるのは何回も聞いている。


そして三つ目は……。


「私課題あるから」

「高校卒業までだ。自由にさせるのは」

「っ…勝手に決めないで」


莉緒は少し怒りを露わにしながら

自室へと戻っていった。

当然自室には鍵をかけて現実から逃げる様にベッドに倒れ込むのだった。

良くドラマや映画で「子供は親の道具じゃない」と綺麗事なセリフがある。


でも現実は…。

「高校卒業まであと二年かぁ」

莉緒は刹那に願った。

どこか誰も自分を知らない街へ

逃げてしまいたい、と。


莉緒はそんな願いを込めながら眠りにつくのだった。


――――――

「今日から新入生が三人部員として増えることになったから二年生を中心にしっかりと面倒を見ること」


翌日、恵留は簡単に新入部員としてついに入部を果たした。

「えっと有栖先輩?ですよね」

「あ、うん」

当然のように名前の確認から入られるのは

未だに心臓に悪い。

ただ昨日の様に「知らない人」という認定にされなかっただけマシだと思うこととした。

「あ?なんだ。有栖お前知り合いなのか?」

恵留が莉緒に本人確認を行なっていると、

顧問が嬉しそうに二人のところに近づいてきた。

「あ、いや知り合いというか…」

その顧問の表情からは嫌な予感を彷彿とさせるものがあった。

「ん?中学時代のライバルとかか?」

「へ?」

顧問の何気ない言葉に莉緒と恵留の声が重なった。

「え、九十九君って…」

「都大会3位だぞ」

「え?有栖先輩って何者なんですか?」

「都大会優勝してるぞ」


莉緒は知らなかったことで

恵留は記憶力の都合で

二人はお互いの存在を認知していなかったみたいだった。


「なんだ知らなかったのか」

「はい」

「まあ丁度いい。有栖に九十九の世話は任せたぞ」

「あ、はい…」


結局嫌な予感は的中した。

コミュニケーションが苦手でたった数回会って

少し話をしただけの初めての後輩の面倒を見ることになってしまった。

「莉緒〜大丈夫ー?」

同級生達の少し揶揄う様な声に思わず、

顔を背けてしまう。

「九十九君、練習始めようか」

「はいっ」

練習開始までのオリエンテーションこそ苦戦したものの

莉緒は無事に練習を開始できたのであった。

恵留も莉緒も練習さえ始まってしまえば

後は時間が過ぎるのを待つだけ。

顧問から「いいコンビ」と称されるほど、

ある意味いい組み合わせとなってしまうのだった。


学べるものは多いからいっか。

次第に莉緒の内心もそんな事を思う様になっていたり。


「お疲れ様でした」

「うん、九十九君もね」


部活が終われば莉緒の態度も元通りになってしまうのだが。

「先輩、駅までですよね?ご一緒してもいいですか?」

「ああ、うん、帰ろうか」


夕陽が二人の影を照らしている。

若干恵留の方が背が高いからなのか、

影の長さも恵留の方が長く見える。

「九十九君がまさか三位だったなんて…」

「いや、有栖先輩だって優勝してるじゃないですか」


つまりは恵留が全てにおいて上手いのは当然だったのだ。

なんなら莉緒の方が若干上手い(筈)なのである。

一応優勝は莉緒なのだから。

「じゃあ九十九君は私に勝ちたいわけだ」

「え?」

「だって私に負けて三位なわけでしょ?」

「いや、学年違うし…」

「関係ないよ」

「じゃあ勝ちたいです」

「いいね、素直だ」


淡々としたやりとりは潔さを感じるものだった。

やっぱりこの子は素直だ。

莉緒の恵留のイメージは確立しただろう。


「じゃあ新人戦、楽しみにしてるね」

「順位わかった途端煽ってくるじゃないですか」

「私が相手じゃ不満??」

「いや昨日初めて先輩の弓道を見てから、

ずっと先輩は目標ですよ?まあ実際は初めて見たわけじゃなかったっすけど…」

「目標……」

「?」

「そんなの言われたの、初めてだよ」

恵留はそう言いながら俯く莉緒の姿に

一瞬鼓動の高鳴りを覚えた。

心なしか夕陽だからなのか莉緒の表情も赤いような…?

「私、誰かに目標にされたことないから」

「じゃあ先輩の初めて貰いますね」

通行人から一瞬ギョッとした視線を向けられた気がした。

「勘違いされそうなことを言わないで」

「え?」

あぁ。この子は気付いてないんだろう。

「気をつけてね」

「は、はぁ…」

「バカ」

恵留は少し困り顔を浮かべていたが

敢えて気づかないふりをしてみる。


「あ、そろそろ電車来ちゃうし私はそろそろいくね」

「はい、また明日ですね」

「朝練も程々にするんだよ」

莉緒は恵留に笑顔を投げかけ、駅の改札口へ向かっていった。

後輩も意外と悪くないもんだな、とか思っちゃったりする。

「んえっ?」

そんな浮かれ気分の莉緒だったが改札に入る直前、

腕を急に後ろに強く引っ張られてしまった。

「莉緒」

「えっ……」

なぜか腕を掴んでいたのは父親だった。

「いくぞ」

「いや、ちょっと」

莉緒の頭は若干のパニックになっていた。

本来なら夕方の情報番組に出てるはずの父が

なぜこんなテレビ局から遠く離れた駅にいるのか。

そしてなぜ自分が手を引かれて強引に連れて行かれているのか…。


結局莉緒は車に乗せられてしまった。

 

「……どういうつもり?」

「お前に合った仕事があると言っただろ」

「やらないって言ったじゃん」

「お前の意見は聞いていない」


話が通じない。

いつものことながら強いストレスを感じる。

だからこそ普段家にいてくれないのは大助かり案件なのだが。

車に乗せられた以上逃げ道もない。

口で説得をするしかない状態で莉緒が勝てるわけもない。

結局莉緒はテレビ局まで連行されてしまうのだった。


「お前には俺の娘としてデビューして貰う。

 情報番組に親子として出演する」

父親はそんな事を平然と口にしながら

有名情報番組の台本を差し出してきた。

「……」

莉緒はただただ言葉を失った。

『丁度いい仕事』などと言うから何かと思えばこうだ。

まるで子供を道具の様に使う。

行動に愛情なんてものは存在せず、

ただただ自分の好感度や利益に繋げようとする。

 

「やらない」

「お前の意見は聞いてない」

「私は道具じゃない」

怒りに任せて父親が差し出す台本を床に叩きつけた。


「いい加減に…」

鋭い視線がお互いに交差する中、

当然莉緒の携帯が着信音を響かせた。


「お前に友達なんているのか?」

嫌味を言わないと気が済まないのだろうか。

莉緒の脳裏に思わず一つの「嘘」が浮かんだ。

「彼氏」

「あ?」

あからさまに怒りの形相に関わる父親。

「黙ってて。彼氏だから」

「お前……!」


父親の嫌いなところの三つ目はこういうところだ。

男の影を、彼氏の影を、友達の存在をちらつかせると

分かりやすいほど怒りを表に出すところ。

「莉緒、変わりなさい」

「もしもし?」

父親を無視して莉緒は着信に応答する。


「あ、先輩?」

着信の相手は恵留だった。

 

「恵留、ごめん今からそっちいくよ」

「えっ、先輩今……」


初めて呼ぶ名前に思わず唇を噛み締めてしまう。

恥ずかしさを堪えながら強引に「待ってて」と言い、

莉緒は通話を終了させる。


「おい」

「じゃあ帰るから」

 

莉緒は父親を無視してテレビ局を後にした。

当然、怒鳴り声が背後から響いたが

正直どうでもいい。


「何してんのよあんたは」

「……お母さん」


恐らく父親に言われて万が一の時の説得要員として

待機させられていたのだろう。

表情からは怒りが垣間見える。

寝てないのか目の下には隈も出来ていた。

 

「私は芸能人なんかならない」

「お父さん怒るよ」

「いいよ。卒業したら縁切るし」

「平然と言わないでくれる?」

「じゃあ上野公園まで送って」

「はぁ…」


どうして大人はいつもこうなのだろうか。

何か思い通りにいかないとすぐ子供の恐怖心を

煽る様な事で言う事を聞かせようとする。


「分かったよ。ほら乗って」

「ありがとう」


母親もバカではない。

自分とあの父親の娘なのだから何を言っても無駄。

そんなことは十年以上の月日で分かりきっていた。

 

「お母さん知らないからね」

「うん」


莉緒は後部座席で恵留に伝えた待ち合わせ場所に

着くまで仮眠をとるのだった。


――――――

待ち合わせ場所に着いた時、

時刻は既に二十時を超えていた。

流石に待ってないだろうとは思いつつも一応、

恵留に電話をかけようとした。


「あ、いた」

電話を掛けるまでもなく、

ベンチで座る恵留の姿を見つけてしまった。


「九十九君」

「有栖先輩……」

「ごめんね。さっき」

「あ、いや…」

名前を呼び捨てで呼んでしまったこと。

さっきとはソレを指している。

街灯が白いせいか、心なしか恵留の頬は

赤く染まっている様に見えた。


「先輩、何かあったんですか?」

「んー…まあちょっとね」

「お疲れ様です」


莉緒はベンチ横の自販機で水を二本買って

一本を恵留に差し出した。

恵留はありがとうございますと言いながら

素直に受け取るのだった。


「んで君は私に何の用だったの?」

「あ、先輩に見てほしい物があって」

「何?」

恵留はスマホに一枚の写真を表示させた。

「これ先輩ですよね?」

「うわ、懐かしい…」

差し出された携帯に映っていたのは中学生時代、

優勝した時の写真だった。

「どうしたのこれ」

「家で前の携帯のフォルダ見てたら映像あって

 これか!と思ってつい見て欲しくて…」

「それで電話してきたの??」

「はい…」


あまりにも意外な電話の理由に

莉緒は思わず笑ってしまった。

「電話なんか来るから何かと思ったよ」

「すいません…なんか取り込み中でした…?」

「ううん、むしろ助かったよ」

どんな理由で電話があったとしても

この写真のおかげで抜け出す理由と父親に喧嘩を売る

理由が出来たのだ。

莉緒は素直に「ありがとう」と伝えたが

恵留の目は当然点になってしまう。


「じゃあまた明日だね」

「こんな時間にほんとすいませんでした」

「ううん、いいよ。明日もよろしくね」

「はい!送りましょうか?」

「嬉しいけど大丈夫だよ」


莉緒の言葉に恵留はぺこりと頭を下げて

暗闇の中に消えていった。

まるでフリスビーを取りにいく子犬の様な走り様に

笑みが溢れてしまう。


夜空を見上げると満月が顔を覗かせていた。

莉緒は暫く満月を眺めた後、

ゆっくりと帰路へと着くのだった。

 


 

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