博打
私はこの世界の文字を教えてもらうためにカルミアと一緒に村長の家に向かっていた。
だが、行く手を阻む者が現れた。
「なぁ!頼むよ!俺と手合せしてくれ!ちょっとでいいから!」
「じゃあ、俺も頼む!」
「じゃあ俺も!」
「俺も!」
私より背が高く、体も大きい獣人達に手合せを!と言われ囲まれていた。
威圧感が半端ない。
また日を改めてと言っても昨日もそう言ってたじゃねーかと言われた。
2度は使えないか。
村長の家に向かう途中獣人達が訓練している広場の横を通りかかった。私は静かに通り過ぎようとしたのだが、気付かれてしまい、今に至る。
「いや、私今すごく弱いと思うので…」
「謙遜すんなって。前の記憶がなくても体が覚えてるはずだろ!」
んなアホな。
「いや、でも…」
「1回だけでいいからさ!」
「うーん…」
言い訳を考えていると
「相手してあげればいいじゃない!」
後ろにいたカルミアが話に入ってきた。
なんてこと言うんだ。今まで静かに大人しくしてたでしょ。それに君がそんなこと言ったら
「それに私もヒイラギが闘ってるところ見たい!
まだお昼前だし、おばあちゃんの所に行くのは後でもいいでしょ?」
…余計に断りづらいじゃないかぁ。
「カルミアもこう言ってることだし、な!」
な!じゃねーよ。
獣人vs一般人なんて無理に決まってる。
日頃鍛えてる勇者とか兵士とかならまだ分かる。
でも!私は昨日この世界に来たばっかりの一般人!
外見はこの村の英雄に似てるかもしれないけど中身は一般人!!
はぁ。もういいや。
ボコボコにやられてみんなを失望させてしまうかもしれないけど、この場はもう逃れられない。
潔く闘って、やられよう。そうしよう。そうしたらもう誘われることはないだろ。
文字を教えてもらえるのはまた明日か明後日か。
まぁ今日は無理だろうな。
いや、その前に私がヒイラギさんじゃないってばれてこの村から追い出されるかもしれない。
「じゃあ、やりましょうか。でも、私がどんなに弱くても文句言わないで下さいね。」
「?あぁ、分かった!
みんな!ヒイラギが手合せしてくれるってよ!!」
「やったぜ!」
「さすがヒイラギ!」
そんなに喜ばれると負けた後が苦しくなるからやめてくれ。
それにやるとは言ったが全員を相手するとは言ってないし、絶対体力持たない。
生き返って1日で私はもう一度死ぬかもしれない。
私は獣人達が集まっている広場の中心に引っ張られた。
そしてものすごーく強そうな獣人と対峙していた。
周りが静かになる。
「じゃあ…行くぜっ!!!!」
「は」
獣人の言葉と共に相手が消えた。
いや、一気に距離を詰めて目の前にいた。
そしてこちらへ拳を飛ばす。
避けきれず、腕でガードして受けようとしたが、私は後ろへ吹っ飛ばされた。
私に当たった木が何本も折れて倒れていく。
私は広場が小さくなるくらい遠くまで飛ばされた。
やっと止まれたが体が痛くて立ち上がれない。
息も苦しくて、殴られた腕がビリビリ痺れて腕を上げることもできない。絶対折れてる。
だから、言ったじゃないか。
私は弱いって。
俯くと私の赤い髪が揺れた。
そういえば私赤髪だったな。
これでこの村ともお別れかな。
弱い私に用はないだろう。
あーあ、チート能力とかあればよかったのになぁ。
身体能力も高かったらなぁ。
今さら、やっぱり受けなきゃよかったって後悔しても遅いし、遅かれ早かれ気付かれてたかもしれないけど、もっとこの村に居たかった。
深呼吸をして立ち上がった。いつまでも座ってるわけには行かない。ここを離れよう。
全身の痛みも動けるくらいには和らいで腕の痺れもなくなってきた。
ん?痺れがない?
恐る恐る自分の腕を見た。
「え、うそ」
私の腕は掠り傷はあるものの折れていなかった。
絶対折れたと思ったのに。
この体丈夫過ぎないか?
いや、体って言うより身に付けているこの防具かな。
今日朝起きて着けるのに苦労したよ。
この防具こんなに防御力高かったのか。
「ハハッ、不釣合だ。」
自嘲気味に笑う。
こんなの私が持っていていいものじゃない。
ここを離れてどこかで売ろう。
早く行かないと誰か来てしまうかもしれない、急がないと。
と歩きだそうとした時。
「おーい!!!大丈夫か!!!!
いやー、すまんかった!楽しくてつい本気出しちまったよ!」
ついじゃない。
こっちは痛かったんだぞ。
私の相手が1人で歩いてきた。
何でそんなに明るいんだ?
本気を出せたから嬉しいのか?
そりゃ、これだけの威力があったら普通の生き物はバラバラになって死んでるよ!
本当の戦闘以外で自分の力を出せたんだから、とってもとっても楽しいだろうね!!
ひねくれた自問自答をしていたらなんだかムカついてきた。
そしてそのムカつきは変な方向に思考を傾けていった。
「いえ。
あの、今ので分かったと思うんですけど、本当に私は戦い方を覚えていません。さっきのあなたのパンチも避けなかったんじゃなくて避けられなかったんです。だから私に戦い方を教えてもらえませんか?」
とことんやってやろうじゃないか。
この村の誰よりも強くなってやる。
まあ、この世界で生きていくなら強くならないといけないんだろうけど。
ただ、ここにいる村人に戦い方を教えて貰うのを頼んだのは正直賭けだった。
村の英雄、ヒイラギだと思われている私がいくら記憶を無くしているとはいえ、戦えないとなるとこの村に留まる理由は無いし、何よりやっぱりヒイラギじゃないと疑われるリスクがあった。
「やっぱり…」
ヒイラギじゃないって言われるだろうか。
心臓が止まりそうになるほど緊張した。
体の痛みも腕の痺れも忘れるくらい頭が真っ白になった。
「その様子だと記憶がないって本当だったんだな。
さっきは体が覚えてるはずだって言ったけど、あれは本心だ。だが、あんたに期待してたのも事実だ。あんなに強かったあんたなら拳を交えれば何か思い出してくれるんじゃないかと思った。あんたにはよく俺の相手をしてもらってたからな!」
そんなに信じていてくれたのに申し訳ないことをした。
やっぱり相手するんじゃなかった。
「あんたが、ヒイラギが生き返ったって聞いた時は嘘だと思った。そんなわけねぇ、俺はこの目であんたの死ぬところを見たんだからってな。
さっきまで嘘だと思ってたよ。
だか、頼まれたら断れないところは戦い方を忘れても変わらないな。それに戦い方を覚えてないって俺だけに話したのは他の連中をがっかりさせたくないからだろ?そういう優しいところはやっぱりヒイラギだ。」
本当にごめんなさい。
頼まれたら断れないのは優しさじゃなくてただNOって言えないだけなんです。
みんなの前で言わなかったのは私がこの村に居られなくなるんじゃないかって思ったから。
全部自分のため。
だから今もあなたに言葉を返さないでいる。否定しないでいる。
やっぱり私はヒイラギさんじゃない。
断わられて、私はこの村を離れる。
「いいぜ!戦い方ってやつを俺があんたに教えてやるよ!あんたに教えられた俺が教えるのは変な話だがな。」
「え、今なんて…」
「だから!俺が教えてやるって言ったんだよ!
他の奴らにバレないように早朝にやった方がいいか?」
「ほんとに!!?いいんですか!!」
「おう!任せろ!!自分で言うのも何だが、俺はこの村では1番強いからな!」
「ありがとうございます!!よろしくお願いします!」
私は思いっきり頭を下げた。
下げた時にちょっと体が痛くなったけど気にならなかった。
教えてもらえることが嬉しいんじゃない。この村にまだ居られることが嬉しい。
「おう!じゃあ戻るか!俺から上手いこと言っておくから今日は終いだ!」
この人頼りになるなぁ。
「ありがとうございます。助かります。」
私はこの人の後ろを付いていった。
名前何て言うんだろう。