行雲流水②
◇
この子の住む村は村というより町みたいだった。
石畳の道、レンガの家、ろうそくの入った街灯。
ヨーロッパのどこかの町みたいだった。
思わず見とれていると後ろから声を掛けられた。
夢から一気に覚めたようだった。
「あら、カルミアじゃない。こんな時間にどうしたの?」
この子はカルミアっていうのか。
声のした方を向くと大人の獣人がこちらを向いていた。
この子、カルミアと同じ耳と尻尾がある。
「あ!フセルのお母さん!こんばんは!」
「こんばんは。珍しいわね、こんな時間に。いつもならお母さんのお手伝いしてる時間じゃない。もう暗いんだから帰らなきゃだめよ。
あら、隣の方はどなた?」
来た。やっぱり聞かれた。
「ヒイラギだよ!忘れたの?湖の所にいたから連れてきたんだよ!」
周りにいた人たちもこちらを向き、一気にその場が緊張に包まれる。
思っていた以上の反応に少し戸惑った。
「えっ……な、何言ってるの。ヒイラギはもう亡くなったでしょ。昨日村の人全員でお葬式をしたばかりじゃない。」
村の人達全員が驚愕しているのがわかる。
あり得ない。信じられない。
そんな様々な感情を映し出すいくつもの顔を見ていられなかった。
でも、当然の反応だと思う。そもそも私はヒイラギさんじゃない。
ただ、このままここにいたらカルミアに迷惑が掛かるかもしれない。
この場から離れようと後ずさった時、今にも泣き出しそうで力強い声がした。
「でも、ここにいるもん…
手だって繋げる!お話しもできる!みんなだって匂いでわかるでしょ!ここにいるのは本物のヒイラギだもん!」
「えっ、匂いって」
そんな匂うか…?
村人に匂い嗅がれるってどんな辱しめだ。
ほんとにやめてほしい。
「その声…」
「えっ」
「カルミアの言う通り、匂いも同じ」
「……」
いや、だから嗅がないでー。
もういいや、きっと犬系の獣人だから嗅覚が鋭いんだ。
だから嗅ぎたくなくても感じ取ってしまうんだな。
うん、そうだ、そう思っておこう。
「姿も同じだし、あれは本当にヒイラギなのか?」
「いや、でも、この前死んだのは俺達全員この目で見ただろ」
「でも、あの人の匂いはヒイラギと同じだし、ここまで似ている人がいるものなのか?」
疑うのも無理はない。当たり前だ。
姿も声も匂いもヒイラギさんとやらと同じなのかもしれない。ただ、私はヒイラギさんじゃない。
何故同じなのかはわからないけど、断じて違う。
やっぱりちゃんとヒイラギさんであることを否定してここを離れよう。
「あの、私はヒイラギさんじゃ…」
「何事じゃ。」
結構勇気出して声張ったのに。
人混みの奥から年老いた獣人が出てきた。
「村長、カルミアがヒイラギを連れてきたと言っているのですが…」
「なんと…それはあり得ん。
わしらはこの目でヒイラギが亡くなっているのをみたんじゃからな。」
「おじいちゃんもそんなこと言うの!?よく見てよ!何処からどう見たってヒイラギじゃない!」
おじいちゃんだったのかー
カルミアは村長のお孫さんかー
なら、尚更迷惑掛けるわけにはいかない。
「じゃがな、カルミア。姿形、声や匂いが同じであったとしても死んだ生き物は蘇りはせん。それは獣人であろうと人間であろうとな………いや、待てよ。
確か、ここより先ずっと西の方に死人を蘇らせる魔法があると聞いたことがある。」
え?
「もし、その魔法の使い手が偶然村の近くにいてヒイラギを蘇らせたとしたら。」
ちょっと待ってくれ。
「姿形、声や匂いが同じであっても不思議ではない。特に匂いにおいてはわしら獣人を騙すことはできぬ。仮に魔法を使っていたとしても多少匂いは変わってしまうもの。だとすればここにいるのは紛れもない…」
やめてくれ。
「ヒイラギだということになる。」
「じゃあ本当にこの人は」
「うそ…本当に…」
あー、ちょっと待ってくれよ。
嘘だろ。これじゃあもう私がヒイラギさんじゃないって言っても信じてもらえないじゃないか。
大体死者を蘇らせることができる魔法使いが何で偶然ここにいて、何でその時死んでたヒイラギさんを蘇らせようとしたんだよ。
それに!もし!仮に!その魔法をかけられて蘇ったとしても何で中身に私が入っているんだ!!!
と1人脳内ツッコミしているとたくさんのキラキラした目がこちらを向いていた。
「お…」
「お?」
「おかえりなさーい!!!」
「は、え、ちょ、待った!」
そう叫んだ私の声も虚しく、村人全員がこちらに押し寄せてきた。私を潰さんとする勢いで。
四方八方から話し掛けられる。
私は聖徳太子じゃないから全部には答えられない。
ので愛想笑いでその場を凌いでいた。
「さっきはびっくりしたぜ!昨日葬式やった人が目の前に現れるんだからな!生き返っていたならもうちょっと早く来てくれればよかったのに!!」
(私はさっき目を覚ましたばかりだ。というかこの世界に来たばかりだ。)
「また会えて嬉しいわ!もう2度と話すことなんて出来ないと思っていたのに!この前のおしゃべりの続きまた今度しましょ!いえ、今度と言わず今からでも!」
(この前を私は知らないんだ。ごめんよ。)
「この前やった遊びまたやろう!」
(遊ぶの楽しいかも。)
大人から子どもまで男女問わずいろんな人が話し掛けて来てくれた。ヒイラギさんはこの村人達に愛されてたんだなと実感した。
「宴の準備だー!」とか「他の奴らも呼んでこい!」とかお祭り騒ぎでてんやわんやだった。
そんな言葉が飛び交うなかで聞こえてきた1つの言葉に私は驚きすぎて愛想笑いが急に真顔になってしまった。
いかんいかん。笑顔笑顔。
ただ、私の聞き間違いでないなら「また手合わせ頼むぜー!」と言っていた気がする。男の人の声で。
私は一体何回待ったを願えばいいんだ…
ヒイラギさんは男の獣人相手に手合わせをしていたと言うのか。
すごいけど、私には無理だ。体はヒイラギさんかも知れないけど中身は戦ったことなんて1回もない一般人だ。
もし、直接頼まれることがあったら絶対断ろう。
「どうかしたのか?さっきからずっと黙ってるけど」
やばい。どうしよう。
この状況でもうヒイラギさんじゃないなんて聞いてもらえないし、信じてもらえないし…
もう、これは突き通すしかないかもしれない。
「い、いえ。あまりにも多くの人から話し掛けられるのでちょっとびっくりしてしまって」
急に静かになる。
「なんだよ!その話し方!」
言葉を間違えてしまったのだろうか。
仕方ないだろう。本物のヒイラギさんの話し方なんて知らないんだから。
「アッハハハ!1回死んじまって変わっちまったのか?そんな畏まらなくていいんだよ!」
場が笑いに包まれてホッとする。正直心臓が止まるかと思った。
「さぁ!宴の準備を始めるぞ!今日は盛大にやるんだ!」
肩を組まれて村の奥に歩いていく。
流れに流れて私は村に招かれてしまった。
これからのことは考えたくないし、想像できない。
ただ、ここまで来てしまったのだから私がこの村を去るときまでヒイラギを演じようと思った。