行雲流水①
「おーい!酒持ってこい!今日は宴だ!何て言ったって村の英雄が生き返ったんだからな!」
「早く料理を運んで!今日の夜は長いわよ!」
周りがひどく騒がしい。
お酒と美味しそうな料理、もう日はとっくに暮れているのに村の至るところを照らす提灯のお陰で昼みたいに明るい。
「ささ、飲んで飲んで!酒好きだったでしょ?
今夜はたくさん飲んで楽しんでいってくれ!」
「あ、ありがとうございます…」
そう言って自分のグラスに並々と注がれるお酒。
色を見る限りワインだと思う。
ただ、私は酒が飲めない。
全く飲めないわけではないが、ワインなんて飲めない。
1回試した時にアルコールが強すぎて消毒液かと思ったぐらいだ。
そんな私に「酒好きだったでしょ?」とお酒を勧めるあたりやっぱりこの人たちは私のことを勘違いしている。
そもそもなんでこんな宴の中心にいるんだっけ。
◇
「なんで、生きてるの…?あなたはこの前死んで、昨日葬式が終わったはずなのに…」
「は?」
訳が分からなさすぎて頭が回らない。
ただ、自分が死んだことを再確認させられるのは結構堪えるな。
たぶん人違いだけど。
「ねぇ、本当にヒイラギなの?」
この子が勘違いしてるのはヒイラギって名前なのか。
「申し訳ないけど、私はそのヒイラギって人じゃないよ。だから…」
振り返ると女の子が目の前にいた。
「なんでそんなこと言うの、どう見たってヒイラギなのに。声まで一緒なのに。なんでそんな嘘つくの…?」
遠慮がちに私の袖をつかんで、赤くなってしまっている目から涙をぽろぽろこぼしていた。
あぁ、この子はそのヒイラギって人が大好きだったんだな。大好きで仕方なかったんだ。大好きだったのに突然目の前からいなくなって、目が赤くなってしまうほど泣いたんだろう。
気付いたらその子の頭を撫でていた。
何もせずにはいられなかった。
頭を撫でて止まったかと思った涙がまた溢れだしてくる。さっきの比じゃないくらいに流れて下に落ちていく。
まずい、余計に泣かせてしまったかと手を引っ込めると倒れるように私に抱きついてきて声を上げて泣き出した。
少し日が傾いていてもうすぐ日が暮れる。
きっとこの子と私がいなければこの場所はもっと静かで日が暮れればもっともっと静かだろう。
他には何も聞こえないせいでこの子の泣き声が余計に大きく聞こえて、静かな夜が訪れず、太陽が沈むチャンスを失っているように見えた。
しばらくして私の腕の中で泣きじゃくっていた子はバツが悪そうに涙でビショビショになった顔を上げた。
「一緒に村に帰ろう?」
「え、えっと」
「帰ろうよ」
「だからね、私はヒイラギじゃなくって」
「うっ、帰ろうよぉ…」
女の子がまた泣きそうになって声が小さくなる。
「あ、うん。帰ろうか。」
やっちまったーーーー
これじゃあ私がヒイラギさんって認めたようなもんじゃないか!
どうしよう…これで私はヒイラギじゃないんだよって言いづらいし、言っても信じてもらえないだろうし…
そもそもそんなに私とヒイラギさんは似てるのか???
私はヒイラギさんを知らないから似てるかどうかなんてわかんないし、たぶんスマホとかカメラとかないだろうから写真で確かめようもないしなぁ。
私が悶々と考え込んでいると
「何してるの!早く行こ!!」と袖を引っ張ってきた。
もう離さないって伝わるほど強く私の袖を握っているのを見て、さっきのことを思い出した。
そうだ。
こんな状態で1人になんてさせられない、泣いているところを見たくない。
そう思ったから村に行くと言ってしまった。
でも、本当によかったのかな。
この子のにとって今は嬉しくても私が本物のヒイラギではないことがわかったら今以上に悲しませてしまうのかな。
少しの後悔を抱えながらその子を見ると満面の笑みで私を見つめていた。
一緒にいられることがこの上なく嬉しいと言葉にしなくてもわかるくらいの笑顔だった。
この笑顔が見れるならこの嘘も後悔も無駄にはならないのかもしれない。
◇
こんな感じで獣人の女の子に連れられて村まで来たわけだが、村までの道のりは正直怖かった。
葬式までして弔った人にそっくりの人がのこの子のいう村に行って大丈夫なんだろうか、この子が嘘つき呼ばわりされて村に居づらくなるんじゃないか。
手をしっかり握って一緒に歩いてくれているこの子に迷惑が掛からないだろうか。
不安が不安を呼んで考えすぎて顔が死んでた気がする。
ただ、考え事をしていても足は進んでいて、いつの間にか村の前まで来ていたらしく、獣人の女の子に声を掛けられて村に着いたことを知った、、
気がする。
ついさっきのことなのに記憶があやふやなのは村に着いてからの短時間の間に色々起こったからだろう…