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5節『怒号、作戦』

「はァ? おいコラ夏宮。今テメェなんて?」


 翌日、昼休みの時間帯にて。戸川高校の職員室では、男の怒号が響いていた。声の主は薄手の白いカッターシャツに黒のスラックスに身を包んでいる。男は、俯くシンジに視線を向け、眉間に皺を寄せる。


「変な男に先輩が攫われて……なんか、宿儺ってやつに」


「クッソ、どうやら聞き間違いじゃねぇみたいだな。余計に最悪だな。まあ、テメェが無事でよかった。問題は山積みだがな」


 男は怒気を込めながらも、冷静に言葉を紡ぐ。


「にしても宿儺ときたかァ。現代に蘇らせようとする奴がいるなんてな、物好きなこった。夏宮、もう少し話を聞かせろ」


「え……はい」


 顧問に言われた通り、夏宮は昨日の出来事を覚えている限りで語る。森の中の教会。黒い靄。謎の神父。そして『宿儺』の復活と秋本の拉致。そして——突如降り注いだ“矢”と、神父の口から出た『異端狩り』の言葉。男は、特に『異端狩り』という単語に言葉を歪めた。


「面倒ごとに巻き込またな、夏宮ァ」


「あの……先生、質問いいですか」


「おう」

 

「異端狩りって、なんなんですか?」


 シンジがその質問を投げかけると、先生と呼ばれた男は、机上の棚からファイルを取り出す。そして、ファイルをパラパラとめくりながら語り始める。


「オカルトで有名な“くねくね”の話あんだろ。あーいう、『人間にとって害』であるやつを狩る組織なんだよ。昔職業体験で行ったことあっから、多少はわかる」


 それは機密情報なのでは……? と考えながら、シンジは頷く。しかし質問したのはこちら側なので、叱責されそうな未来が浮かんで、すぐにそんな疑念は掻き消したが。シンジに一瞥を送ってから、『先生』は話を続ける。


「厄介なのは、『異端狩りが動く案件』にオレの生徒が巻き込まれたことだ。神父の目的は知らなェが、宿儺を起動した時点でロクなことしねえ」


「…………」


 シンジは『先生』の話を黙って聴くしかなかった。今の彼に、彼女を助け出す手段は思いつけない。


「シンジ。てめえは家で大人しくしておけ。ここから先は、オレが始末する」


 そう言葉を紡いで、『先生』は目を配ることもなかったファイルを勢いよく閉じて、棚に戻す。そして男は、そのまま立ち上がって、職員室から退室する。取り残された少年の心には、依然として無力感と後悔だけが積もっていた。


▼△

 職員室を出た『先生』は、向かいの廊下で足を組んで待ちぼうけた様子をみせる少年に視線を送る。少年は戸川高校の制服を着ていながらも、その髪色は随分な派手な金色だ。両耳にはピアスをつけており、黒色の竹刀袋を背負っている。


「樫木ィ、髪色ォ」


「これに免じて許してくださいよ、先生」


「…………宿儺の討伐方法を教えてくれたらな」


 その言葉を待っていた、と樫木は口元を緩める。オカルト調査研究部部員。2年9組8番。そして———現行の異端狩り。 表の顔は学生でありながら、『異端狩り』としての側面も持つ彼は、軽快に言葉を紡ぐ。


「ここじゃあなんですし、場所を変えましょう。無論、対漏音術式(サイレンス)はかけますよ」


「そうだなァ。シンジが聴いたりすれば、勝手に部屋を出るかもしれねェ」


 『先生』は樫木の提案を了承し、先導を切って進み始めた彼の後を追う。廊下を歩きながら、二人は言葉を紡ぐ。


「シンジは『靄』を宿儺だと言っていた。お前の目からみて、それは本当ぽかったか?」


「僕の口からはなんとも言えません。宿儺という確証を持てる事象がないので。『神父』のハッタリかも知れないし」


「全くの別物の可能性もあるってことカァ……」


「まあ、そういうことになると思います。んで、わざわざ『脳話魔術』を使ってまで呼び出した理由は、それですか」


「あァ。オレは秋本の奪還に向かう。この学校の生徒を退避させろ。時間がないんだろォ?」


 『先生』は毅然とした態度で、声色一つ変えず言葉を紡ぐ。『高校の生徒を全員退避させろ』という教員の無茶な要望を、樫木は笑って受け流す。


嘘やはったり(カバーストーリー)はオレの組織の十八番ですから、任せてください」


 樫木は快諾する。『先生』は、彼の情報操作能力を信じて後を任せた。『先生』は下る階段の一段目に足をつけたところで、樫木のほうに振りむく。


「頼んだぞ」


「ええ、任せてください」


 樫木は緩んだネクタイを締め直しながら、口角をあげて、ハキハキとした声で答える。『先生』はその返事を聞くと、そそくさと階段を下っていく。そして、その姿を見えなくなってから、樫木は窓の方へと歩みを進めていく。


『……マスター。無闇な虚偽の流布は禁止されているはずですが』


 樫木の脳内に、落ち着いた女性の声が響く。その低い声色は、派手を好まない寡黙な秘書を思わせる。樫木は窓の縁に腕を置いてから、


『シエル。なんとか上を言いくるめてくれないか。今回のは多分、でかい案件だ』


 と言葉を紡ぐ。それに対して、シエルと呼ばれた女性は通話越しにわかるぐらい呆れた様子で応える。


『あのですね……そのような事案なのであれば、貴方が上層部に伝えるのが道理でしょう』


『そういうなよ。オレだって上層部(うえ)と掛け合うのは嫌なんだ。頼むよ』


『…………はあ。特殊部隊(バスター)に伝えておきます』


 シエルはしばらく考えた後、ため息混じりに応える。その返答を最後に、彼女の通信は断絶する。その直後、校舎内に警報が鳴り響く。チリリリリリ、という騒がしい鐘の音を背に、樫木は窓から地上へと飛び降りる。


(仕事が早いです、シエル秘書)


 有能な部下を心の中で褒めながら、樫木は校門を目指して歩く。飛び降りた場所は一階の内庭。一直線の通路で、校門が設置されてある運動場へと辿り着く。校舎からは非常時に混乱する教師たちの困惑の声が聞こえる。


「……ッ」


 呑気に足を進めていた樫木だが、運動場に立つソレを視認した瞬間、一気に緊張状態となる。背中にかけてある竹刀袋に手を伸ばしながら、フッ、という乾いた笑いを漏らす。


「なんで、いるんだよ」


「あまり良い予感がしなかったんでな。お前たちなら()()動くだろうと、予期した結果だよ」


 苦虫を噛み締めるように、表情を引き攣らせる樫木。それを嘲笑うように、修道服を着た神父は言葉を紡ぐ。


「——」


 樫木は後退りしながら、生徒の視界となる『窓』を黒いモヤで覆い隠す。突然の脅威に驚愕こそすれど、それでも樫木は思考を廻す。まずひとつ。戦闘条件の確認。隠蔽魔術の効果時間である3分。ふたつ。ここでの目的はあくまで、神父の撃退。派手な武装を使う必要はない。樫木は頭の中で戦闘事項の確認が済み、竹刀袋から太刀を抜刀する。銀色の柄に、群青を纏う刀身。その()こそは、『青電』。


 一方の神父は、気味の悪い笑みを浮かべたまま、素手のままで、ファイティングポーズを取る。


「舐められたものだな」


「ああ。無論、君の相手など素手でいいからな。宿儺無くとも、圧倒するとも」


「そうか———なら、その傲慢を抱いたまま、死ねッッッ!」


 樫木の怒号によって、三分間の激闘の火蓋は切られた。

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