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2節『模擬戦闘/日常』

 私立戸川高校。戸川区随一の坂『桃源坂』を超えた先に位置する学舎。総生徒数2000人。高等部の北館と中等部の南館に分かれている。特に、北館は生徒数の多さもあってか、11階建てとなっている。そこから少し離れた、工事現場のすぐ隣に古びた建造物。ここは現在、体育や部活動で使用される場所となっている。通称『旧体育館』柔道、剣道、ウェイトリフティング、あるいはバスケットボールなど。北館と南館のある本館区域には見劣りするが、それでも5階建てで、さまざまな部屋を内包している。

 現在、シンジは、旧体育館の3階のシミュレーションルームで『魔術実践学II』の授業を受けている。1時間目は『数学II』。1限は頭脳戦であったとするならば、この2限は———


▼△

 シミュレーションルーム。現代において浅く、広く普及した『魔術』による護身術を学ぶ授業の場。今回は、森林の真っ只中の光景が再現されている。その中で、周囲に水の球を浮かばせて佇んでいる少年がいる。鮫島双牙。シンジの幼馴染であり、よきライバル。彼は集中を研ぎ澄ませている。微かな音、葉の揺れを見逃さないように。ソウガは聴覚を研ぎ澄ませながら、水球を同心円上に拡散させて、空中で静止させる。


「……どこだ?」


 魔術が浸透した現代で、鮫島が得たのは『属性魔術』。大気中に満ちた魔力素子(エーテル)を利用した秘術。属性は水。少年は視線を動かす。瞬間、頭上の葉っぱが揺れる。


「そこだなっ!」


 放たれる水の弾丸。凶弾を避けるべく、シンジは木の枝から飛び降りて、攻撃を避ける。バレたか……という警戒を前面に出しながら、ソウガと向き合う。そこから言葉を紡ぐことなく、半袖短パンの少年は『水の防壁』と『水の剣』を創り出す。


「逃げてばっかじゃつまんねえぞ、シンジ。それかこのまま、逃げ試合にするか」


「馬鹿いえ。そんなクソゲーにはしないよ」


「なら、楽しませろよ! シンジ!」


 ソウガは『水の剣』と共に、右足を前に出して踏み込む。シンジは、相手の踏み込みと同時に、後方へ飛び退く。腰を曲げて、右手を地面について着地するシンジ。だが、それをソウガはただでは見逃さない。少年の近傍から、3発の水球が撃ち込まれる。ビュンッッッ!!! と飛行機が風を切るような音が響く。シンジはその連撃を視認するより先に、反射的に身体を動かす。再び大きく飛び退いた彼は、左隣の大木を左足でコツン、と小さく蹴る。枝から伸びる葉が揺れる。大した衝撃でもないだろう、と考えるのが常人の思考だろう。しかし、ソウガは気を抜いているような所作を一切見せず、次の水弾を装填する。装填数は5発。シンジはその弾幕を見て慄いたのか、ソウガに背を向けて走り出す。


(———()()()()()()()、シンジ)


 ソウガに行動の必要はない。装填した水弾を打ち込めば決着する。ただそれだけの作業。そしてそれは、シンジが背を向けた瞬間に行われた。射手の連撃は、容赦なく同胞の肉を喰むだろう。それが、超人たちによる戦闘でなければだが。瞬間、空から大量の葉が降り注ぐ。自然のカーテンが、シンジの姿を覆い隠す。放たれた5発の魔弾は、その使命をカーテンに阻害された。ただ水滴となって、己の役割を果たせず散っていく。


「……想定通り、やっぱり使ってきたな」


 その逃走劇は当然だったと。ソウガは、毅然とした態度で再び装填を行う。思考を次の段階を移す。


(姿を隠したのは攻撃に繋げるためだ。それがわかっているなら次の問題は———)


「……ッ!!」


 だが、ソウガが思考する前に攻撃は飛んできた。頭上の木の枝———前方から、シンジの襲撃が飛んでくる。想定外。ソウガの反応が遅れる。生成しかけの水の防壁を突き破り、シンジの一撃が直撃する。ソウガはその衝撃に耐えきれず吹き飛ぶ。強烈な一撃。


 半パンの少年は木に背中を打ちつけてしまう。衝撃による痛みが走る。筋肉痛と比べて随分と強いな、と心中でぼやきながら、ソウガは立ちあがろうとする。だが、そこにシンジの拳撃が続く。凄まじい速度の連撃。


 痛みを堪えるソウガは、彼の身体能力の正体を理解している。地面から木の枝へ向けて飛び上がり、掴むことができる跳躍能力。少しの蹴りの衝撃で葉を落とす脚力。シンジの魔術の正体は『身体強化(フィジカルブースト)』。自己強化系の術式だ。


「どうだソウガ! 盛り上がってきただろ!?」


 シンジは、攻撃の間に言葉を投げかけられるほどの余裕を持っている。ソウガは、繰り出される拳を水の壁で防御する。その中で、アクセントとしてシンジは蹴撃を撃ち込む。


「そうだな! シンジ!」


 ソウガも、シンジの猛攻を許すわけがない。


「ぐはッッ………!!???」


 シンジの腹部に衝撃が走る。『水鉄砲』が、ソウガの掌から生まれている。ソウガの反撃によって、2人の距離は再びは開いた。戦況は仕切り直しに。振り出しに戻る。だが、ソウガはそれを許さない。


(勝ちに行く……!!)


 シンジの身体が宙をゆく。空中では『身体強化』は何の意味もなさない。そして、ソウガは右手首をカクッと曲げる。それと同時に。水の柱が地面から突き出る。魔術の発現は連続的。公園の噴水が、直線上に立ち並ぶように。その追撃は、シンジの身体を打ち上げる。


「チェックメイトだな」


 シンジが勝ちを確信した瞬間、


「はーーいい!! 試合そこまでー!!」


 ホイッスルと共に、体育教師の声が響く。それは試合終了の合図。ソウガは魔術の展開をやめて、シンジの元に駆け寄る。

水で打ち上げられていたシンジは、地面に背中をぶつけてしまう。


「いたた……おい、ソウガ。ちょっと手加減してくれよ」


「はは、悪い悪い。けど、シンジだって結構ガチだっただろ?」


「まあな。今回の授業では勝ちたかったからな」


「じゃあ、また来週だな」


「次は勝つぞ」


 2人は言葉を交わし合いながら、教室に戻る。

2時間目。魔術による戦闘訓練の一幕は、これにて終わる。

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