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エピローグ第X話『檻の猟犬』

 宿儺覚醒事案から2年。季節でいうところの春。世間が卒業ムードになりそうな頃。戸川区の南端、湖に囲まれた刑務所の取調室だ。黒い髪をハサミで乱雑に切った短髪に、オレンジの囚人服を着た少女が、足を組んでこう言い放つ。


「それで話はおしまい?」


 その問いに、ガラス窓の向こうで作り笑いをする、白いスーツの痩身の男がこう返す。


「ええ、そうですね。ですから、戸川爆心地結界の調査をお願いしたいのです、秋本リョウさん」


「今の私はもう秋本リョウじゃないわ。『猟犬』……それが今の名前よ」


 『猟犬』と名乗る少女は忌々しげに言い放つ。


「ああ、そうでしたね。失敬失敬。いやはや、宿儺覚醒事案からはや2年。因果とは数奇なものです。殺人容疑で起訴された貴方が、エージェントとは」


 痩身の男は相変わらず薄気味悪い笑みを貼り付けたまま、書類に目を通しながら、言葉を紡ぐ。


「あんな意味不明な刑期、やってられないわ。減らしたいなら、貢献しろ、だって」


「懲役1000000年……宿儺を蘇らせた罪は大きいと。貴方のような高校生にそのような罰が下されるのは、心が痛む」


「しょうがないわ。自分でやったことだし」


 秋本は自分の罪を受け入れている。興味本位で覚醒させることとなってしまった両面宿儺。彼の引き起こした惨状の咎を、彼女は背負っているのだ。秋本はペットボトルの水をぐびっと飲み干すと、


「んで……戸川爆心地だったっけ。なんでそんなことになってるわけ?」


 本題について話すように促す。痩身の男は薄気味悪いを剥がし、神妙な表情をして語り始める。


「2年前の宿儺覚醒事案——大樹化した宿儺は戸川区に甚大な被害を及ぼしました。かつての東京大空襲、あるいは原爆投下と同規模の被害です。ですが、迅速な避難によってかろうじて人命は守ることができた。以降、あの一帯を再興の目処が立つまで立ち入り禁止となりました」


「……そうね、そこまで聞いた。シンジくんが手紙で伝えてくれたからね」


「シンジ……というと、夏宮シンジのことですか?」


「そうよ。っていうか、『レグルス』の人がシンジくんのこと知ってるんだ」


「まあ、ちょっと調べた程度ですがね」


 『レグルス』に属する痩身の男は、スーツにのった埃を払いながら、言葉を紡ぎ続ける。


「まあ、そこまではいいでしょう。問題はここからです。今から2ヶ月前……年が明けてすぐの頃だったでしょうか。爆心地に突如、大規模な空間異常が発生。『光の壁』が生じ、今に至るというわけです」


 あまりにも突拍子のない話に、秋本はため息をつく。


「信じがたい話ね……『光の壁』とか、『空間異常』だとか。トリスメギトスさん、魔術組織の最高峰なんでしょ。もう少しわかったこととかないの?」


「それができていたら、貴方に話を持ちかけていませんよ、『猟犬』」


 トリスメギトス、と呼ばれた男は「はぁ」とため息をついて、椅子の背もたれに思い切りもたれかかる。


「『光の壁』の構成も不明。内部の様子もよくわからない。ですが、我が組織『レグルス』の演算装置が、たった一つだけ確実なことを導き出してくれました」


「それが、私だけはその領域に立ち入れる……ってことね」


「そうです。理由も道理も不明ですが、現代最高峰の演算装置はそういう答えを出しました。ただ、私が考え及ぶとすれば——縁、じゃないでしょうか」


「縁?」


 トリスメギトスの考察に、秋本は首を傾げる。トリスメギトスは、背もたれにもたらさせていた身体を起こして、机に両腕を置いて語り始める。


「類は友を呼ぶ……似たもの同士、性質の近いものは惹かれ合うということのことわざです。そのことわざにならって考えるなら、この術式を仕掛けてきたのは、『猟犬』の関係者ということになる」


「それはあり得ない。私の知り合いに、そんな並外れたできる人も、動機を持ってる方もいない」


 秋本は強く断言する。トリスメギトスの耳には、彼女の周りで何かバチバチいっている音が聞こえていた。友達に疑いをかけられてムカついたのだろうか、と痩身の男は察する。


「失礼、『猟犬』。今のはあくまで仮定です。ですが、『貴方の関係者』という点ではいい線をいっていると思います。貴方の知り合いにいるんじゃないですか? 爆心地を覆うほどの結界を展開できる、並外れた術者が」


「だから何回も言ってるでしょ! 私の友達にそんなことできるやつは——」


 思い当たった。秋本は豆鉄砲でも食らったかのように、唖然とした表情を浮かべる。


「何か心当たりが?」


 トリスメギトスが、ガラスの隔たりに顔を近づけて問い詰める。


「いや、けど、そんなはずは——」


「“あり得ない”が起こり得るのが魔術の世界です。『猟犬』、何か知っているなら、情報を」


 秋本は何度か言い詰まりながら、その答えを口にする。


「1人だけ、いた。パンタシア——両面宿儺が落とした……『良心』の影」


▼▽

「まさかここに来て、両面宿儺に繋がるとは……」


 トリスメギトスは秋本からパンタシアについての話を聞いて、頭を掻いているところだった。


「パンタシアは悪いひとじゃなかった。私を……宿儺から助けてくれたし。あの結界にどんな意図があるのかはわからないけど……確かめに行きたい」


 秋本は決意を固めた視線を、男に向ける。男はそれを見ると、書類をまとめたファイルを傍に挟んで立ち上がる。


「その言葉が聞けただけでも上々です。命令受諾……ということでいいですか?」


 秋本は黙って、ゆっくりと頷く。秋元の快い返事に、トリスメギトスは口元を緩める。


「今回はあくまで調査任務です。術師の特定、動機の聴取。及び、術式の解除、そして術師の捕縛を目的とした、ね」


「殺害は必須じゃないわけね」


「まあ、非常時となれば構いませんが。貴方にとっては、簡単なことでしょう?」


「……最悪なことにね。慣れたくなかったわ、ほんと」


 秋本……『猟犬』はズボンのポケットから取り出したサングラスを装着して、ため息をつきながら首を振る。


「ではご武運を、『猟犬』

  

 痩身の男・トリスメギトスは見張り役と秋本に一礼してから、面会室から去っていった。それを確認した見張り役が秋本の肩に手を置く。


「依頼か?」


 秋本は見張り役の手を払いながら、淡々と答える。


「そうよ。爆心地の調査」


「依頼人は?」


「『レグルス』リーダー、トリスメギトス」


「……了解した。一時釈放を認める」


 事務的な会話を済ませて、秋本もまた面会室から退室する。


▼▽

 秋本リョウ。19歳。宿儺覚醒事案に深く関わった人物であり、その際に『殺人』の罪で投獄された。課された刑期は1000000年。が、絶望に追いやられた秋本に手を伸ばす組織があった。それが魔術連合『レグルス』。日本三大魔術組織の一角である、トリスメギトスを首領とした魔術師軍団である。

リーダー・トリスメギトスは秋本の才能を見抜き、『刑期を減らすこと』を報酬に、彼女に任務を与えることにした。

 レグルスが受けた依頼をこなす代理人(エージェント)

それが現在の秋本リョウ……もとい『猟犬』だ。


 彼女は在り方を変えた。先の一件を受けて、オカルトを追うことはやめた。また、あの凄惨な事件を繰り返し兼ねない。与えられた使命を淡々とこなすだけ。いつもの繰り返し。何ら変哲はない『仕事』だ。


——

 独房についた『猟犬』は、囚人服から任務用の黒い制服に着替える。これにサングラスをかけた装いが、彼女の仕事服だ。ふと時計をみると、時計の針は8時半を指していた。


「——朝礼」


 『猟犬』は言葉をこぼすと、逃げるように時計から目を背ける。彼女にとって、時計とは学校の象徴。投獄によって青春を失った彼女は、できるだけ『失われた1年間』について考えたくなかった。時計から目を切った『猟犬』は、そのまま独房を退出し、監獄の制御大門(エントランスゲート)へ向かう。


——

 慣れない手つきでタバコをつけながら、『猟犬』は制御大門をくぐる。煙を吐いた彼女は、呆れた様子で呟く。


「まだいたの……?」


 彼女の前にいたのは、先ほど面会室にいた白衣の男だ。痩身で、身長は高い。髪型はマッシュで、メガネをかけていて……どこか不気味な男・トリスメギトスだ。


「そう言わないで欲しい。僕もできれば命令するだけでお気楽な立場につきたいんだけど、そうはいかないようでね」


「お目付役、ってわけ?」


「ある意味ね。だが他にも理由はある」


 メガネをクイっ、と上に動かしてから、トリスメギトスは言葉を紡ぐ。


「さっきも言った通り、今回は不明瞭なことが多い。不測の事態に備えて、というやつです。備えあれば憂いなし、ともいうね」


 そんなことを言いながら、痩身の男は『猟犬』にブレスレットを手渡す。薄汚れた銀色のブレスレット。ろくに手入れをしていないんだろう、と『猟犬』はつい邪推する。


「これは?」


「レグルス特製のお守りです。よくゲームではあるものでしょう。『チェックポイントまで即座に戻れる』護符ですよ」


「……?」


 『猟犬』は首を傾げる。秋本リョウはゲームには疎い。だから、トリスメギトスも例えもよくわからない。失敗したな、と後頭部をかきながら、言い直す。


「失礼、言い方が粗悪でしたね。要は瞬間移動です。それに祈って貰えれば、即術式が発動します」


「ふーん……。ありがとう」


 ブレスレットを不思議そうに眺めながら、『猟犬』はトリスメギトスに感謝を伝える。トリスメギトスは誇らしげにメガネをクイっとすると、『猟犬』に背を向けて、


「では、今度こそ本当に。どうかお気をつけください。ダンジョンには裏ボスがつきものです。特段飛び抜けた無理ゲーが、ラストには待ち受けているものですからね」


 そんな不穏なことを言って去っていった。この時の秋本はまだ知らない。虚都に眠る真実と、その過酷な道筋を。『猟犬』はタバコを靴でぐりぐりと潰して、目的地へと歩き始めた。

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