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1節『日常、朝』

 太陽が昇り、空は先ほどまでの暗さを失っていた。意味もなく空を見上げる少年の瞳には、微かに動く白い雲が映る。

 季節は春。春の日差しと、適度に冷たい風が最適な環境を生み出す。少年は春が好きだ。温度面の話もあるが、何より虫が出現しないからだ。出ても蝶だろう。蝶は可愛い。蜘蛛も巣を張らないタイプなら大丈夫。少年にとって、『春』は最適な季節なのだ。


(……にしても、今朝は散々だったな)


 通学路。他校の制服を着た学生とすれ違いながら、少年は坂を登る。最寄駅から高校までバスは通っているが、何せ定期代が高い。3ヶ月定期で2万円払わなくてはならないなんて、少年の両親が許可しなかった。自宅の最寄駅から大学の最寄駅までの定期券も購入した上で、その出費は一般家庭にとって大打撃なのだ。かくして、少年はいつも最寄駅から徒歩で登校している。そのことに対して愚痴を垂れることはない。オカルト探索のための体力作り、と思えば造作もないことだ。


 それよりも、少年の思考を占めているのは、今朝の廃マンション探索だ。前日の夜、ネットサーフィンでたまたま見つけた記事。記事曰く、そのマンションでかつて殺人事件があったらしい。ある一家を壊滅した脅迫犯。犯人の呪う『残滓』が今も廃マンションの中で彷徨い続けているんだとか。信頼性は低かったが、それでもオカルト好きな少年の気を引いた。


 かくして、足を運んだわけだが———まあ、大した結果は得られなかったわけだ。


(やっぱり先輩の情報を元に動くべきなのか……?)


「———?」


 今朝の探索を振り返っているうちに、少年は爆速でこちらに近づこうとする者の足音を耳にする。一定リズム。靴が地面に敷かれたタイルを叩く音が心地いい。さながら、整った走者のような———足音の主を……いや、もうわかっているが、確認のために少年は振り返る。


「———げっ」


「シーーーンーーージーーーーー!!」


 シンジ、と呼ばれる青年は眉間に皺を寄せる。突撃した人物に、やっぱりか、という感想が湧いたからだ。

 少年の名を叫びながらやってきた半袖半パンツの青年は、あれほどの距離を走っておきながら、疲れというものを示さない。


「お前は本当に元気だな、双牙(ソウガ)。朝っぱらから走って、しんどくないのか?」


「疲れてないさ。朝のランニングこそ至高なんだぜ。気分が晴れやかになる。シンジを始めてみなよ」


「本当に残念なんだけど、今回を見送らせてもらうよ」


「ええー! お前それ、何回目だ!?」


「数えるのもやめたくらいだ」


「つまりお前はあれだな……! 走る気がないんだな……!」


「ご名答」


「くっそーー!! これじゃ『走の伝道者』の名が廃れてしまう……!」


(そんな二つ名……初めて聞いたぞ)


 2人は肩を並べて、言葉を投げ合う。

ランニングジャンキー。『この高校で一番はあいつだ。誰も勝つことができないんだ』と言わしめて見せた、脅威の総力を持つ少年。髪色は茶髪で、髪型はストレート。四季関係なく、いつでも半袖半パンの年中無休小学生。それが、シンジの友人———鮫島双牙という少年の性質だ。


 結論から言おう。2人は幼馴染だ。幼稚園のときに、ママ友の中で繋がった関係。少年たちはその当時から真逆だった。内向的で、オカルティックなものを信じるシンジ。外交的で、運動(主にランニング)を好むソウガ。性質は真逆だというのに、2人の仲は深まっていた。重ねた月日の長さ故なのか———それは、当人たちもわかっていない。


「というかさ、例の件どうだったんだ?」


 ソウガは、シンジに問いかける。


「いや全然。何の成果も得られなかったよ。おまけに悪霊にまで襲われて、大変だったよ」


「うわあ……そりゃあ大変だったな。ちなみにさ、そこに出るって言う幽霊どうなんだったの? ああ、()()()()()()()()()


「女の人の幽霊。何年か前に、あの廃マンションで事件が起こったらしい。酷い殺され方だったらしい。尊厳という尊厳を踏み躙られて、汚されて穢されて、最期は捨てられたんだそうだ」


「やけに正確だな……お前それ、意味怖でよくある『実は語り部が犯人でした』パターンじゃないか……!?」


「馬鹿言え。その時オレは小学一年生とかだぞ。まあ、ググったりしてもそれらしい事件の情報は見つけられなかったから、多分ガセだ」


「それでも行ったのか。職人だな」


「お前のランニングと一緒だよ」


 なるほど、と言わんばかりに右手の指を唇に当てがい、ソウガは黙り込む。2人は坂の頂上近くまで来ていた。シンジとソウガが通っている高校はこの先にある。彼らは走ることもなく、足並みを合わせて校門を目指す。


「そういえばお前の方こそ、発掘調査(クソゲーハンター)の調査はどうなんだ?」


「状況は最悪だ。昨日やった『ライトソウル』なんかは最低だったぞ。リトライしたら最初からだ。三途の川か? って思わず突っ込みたくなったよ」


「うわなんだそのゲーム……オレも遠慮したいな。それで、クリアしたのか?」


「当然だ。じゃなきゃ『拷問の伝道者』の名が廃る」


(……拷問って言っちゃうのか)


「しかも聞いてくれよ。あのゲームのボスがさあ」


 2人の会話は続く。校門で待ち構える先生たちの挨拶をスルーして、教室を目指す。大阪府戸川区内、戸川駅。その最寄に位置する中高一貫校。———私立戸川高校。自衛行動の向上を理由とした魔術の研鑽と、大学に進学するための勉学を両立した学園。生徒数1000人。1学年ざっと300人が属している。シンジとソウガは、この学園の高校2年生だ。


 話題は途切れ、お互い沈黙しながらエレベーターに乗り込む。だが2人にとって、この沈黙が苦痛になることはない。一緒に過ごした時間が長いからこそ、互いが自然体でいられる。

 シンジの指が触れたことで、エレベーターのランプが点灯する。2人の教室は9階。2年9組。シンジとソウガは、足並みを揃えて、エレベーターを出る。2人は、扉を開けて教室に入るのだった。

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