第11節第1話『希望』
▪️11.1
外界における樫木と宿儺の決闘。その戦いが熾烈となる少し前、夏宮シンジは巨人体の内部で目を覚ました。
「……」
シンジがまず感じたのは困惑だった。自分が生きていることについてもだが、何より驚いたのは、
「ようにいちゃん! どうしたんだい、こんなとこで突っ立って! 賭けにでも負けたのかい?」
「いや、そんなんじゃないです」
シンジは動揺しながらも返事をする。彼にとって何より衝撃だったのは、宿儺の体内に人がいたこと。そして、人が存在できる居住空間が広がっていたことだ。現代の写し鏡ではない。家屋の素材、行き交う人々の装いから、シンジは時代設定は『平安時代』だと考えた。白い直垂に身を包んだ痩身の商人は、訝しむような目をシンジに向ける。
「そういや……みねえ顔だな。新入りか?」
「新入り……っていうか、はい。ここははじめてですね」
シンジのその言葉を聴いた商人らしき男は、表情を一転させて、笑顔を顔面に貼り付ける。
「なんだ新人かぁ! 長らく来てなかったし、久しぶりだなぁ! これは村長に紹介しねぇと!」
「村長?」
シンジは疑問を投げる。
「村長だよ! この村仕切ってる、お偉いさん! 天皇もこええけどな、あの人も怖いぜ!」
随分と快活な答えが返ってきた。シンジは考える。どうやらこの空間は、今生成されたわけじゃないらしい。眼前の商人の発言からして、むしろ歴史がないとおかしい。
(……宿儺の再現……? いや、けど、そんなことしてなんの意味があるんだ?)
「行くぞ新人! マスターに会いに!」
「えっ!?」
商人は思い詰めるシンジの腕を引っ張って、村長のいる『屋敷』へ歯を進める。道は整備されていない。見慣れたアスファルトの表面は、この空間にはない。焦茶色の土が風に晒されている。視界に飛び込む数々の光景は、シンジに確かな歴史の営みを感じさせる。現代とは明らかに違いながら——現代と同じような営みがこの空間で行われている。
(……生きてるなら、何か情報を集めないと。ここがどこか、まずは知らないと……)
宿儺による慈悲なのか、シンジは生きている。彼は、命があるのなら、めげずに戦おうとする。
「あの、すみません。ここ、どこなんですか?」
シンジは商人に腕を引っ張られながら、尋ねる。商人は「んー?」とくぐもった声を出す。
「さぁな? オレにもわかんねえ」
「……は?」
「オレも気づいたら、ここにいたんだ。ここに来る前は、何をしてたんだっけな。もう覚えてねえや」
続けて商人が言葉を紡ぐ。
「けど、そんときにマスターと出会ってな。ここのイロハを教えてもらって、なんとか自立出来たんだ」
『元の場所に戻りたいとは思わないのか』という問いを、シンジは喉元で押し留める。その問いは無意味なものだ。商人はさまざまなことを話した。主に『マスター』とこの空間について。聞いた話によると、『マスター』というのは大層な善人らしい。背後から後光が差しているような、徳の高そうな少年、と商人は評していた。
「待ってください。子どもがここを管理してるんですか?」
『少年』という言葉が突っかかったシンジは思わず、訊き返す。
「『マスター』は子どもじゃねぇよ。子どもなんていうには、しっかりしすぎているさ。きっと、親がいいんだろうな」
「親……ですか」
どうやら『マスター』というのは、相当できた人格者らしい。シンジは『マスター』についての評価を内心で下した。
そうして雑談すること約5分。件の『屋敷』にシンジたちはたどり着いた。屋敷は見るからに荘厳だ。まるで神でも棲まっているかのような重圧感。余人では立ち入らぬ、不浄の聖域。風景にあまりにも馴染んでいない屋敷は、シンジに圧倒的な不安を覚えさせる。
(『マスター』の屋敷ってことは……ここに『マスター』が住んでるのか?)
「マスター!! いるかああああ!!」
商人はシンジの動揺など意も介さず、『村長』と大きな声で呼ぶ。『待って』、という言葉も出なかった。
(心の準備……)
シンジは心の不安を取り除けていないが、もうそんなことを言ってられない。シンジは『マスター』との謁見を決意する。商人の呼び声に即座に反応したのか、屋敷の玄関扉が外側はジリリリ……と重々しく開いていく。
「うるさいぞ、網走。まだ陽も登り切っていないというのに、大声を出さないでくれ」
『申し訳ないっす』と、そこまで申し訳なさそうにしてない態度でこぼす商人。しかし、シンジは扉の先から現れた人物に驚いていた。その『雰囲気』に覚えがあったからだ。
(マスターというから、派手な衣装をしているのかと思ったけど……そういうわけでも、ないのか)
『マスター』の服装は簡素なものだった。『マスター』は黒色の束帯に身を包んでいた。サイズがあっていないのか、余った袖が垂れている。ただし、冠はつけていないようだ。サラサラとした短い黒髪が顕になっている。
「して、君が新人だね。まだ堕ちてきたばかりだろうから、僕が面倒を見るよ。網走は下がっていいよ」
温和、柔らかさを感じさせる口調で言葉を紡ぐ『マスター』。網走はシンジを一瞥すると、すたからさっさと去っていた。そうして、シンジと『マスター』の二人だけの空間が出来上がる。シンジは、冷徹な視線を『マスター』に浴びせる。
「僕に言いたいことがあるんだろう? 話をする前に、まずはこっちの本題に入ろう」
どうやら、彼もまた只者ではないようだ。もっとも、ただの『マスター』ではないことなど、シンジも承知の上でいたが。
「……こっちも、ちょうど聞きたかったんだ。単刀直入に訊く。お前は、宿儺か?」
明確に怒りを込めて、シンジは『マスター』に訊く。すると、『マスター』は当然と言わんばかりに口角をあげる。瞬間、シンジとの『マスター』との距離がたまる。シンジは『マスター』の首根っこを捕まえて、詰め寄る。
「おまえ……どんな面さげて……! 僕の大事なものを奪って、何がしたいんだ! 先輩も、先生も……!!」
怒気の篭ったシンジの声に、『マスター』は澄ました表情で答える。
「知らないよ。何の話だい?」




