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幕間 壱

 話は遡ること——

西暦不明——古墳時代。日本大陸——難波高津宮のある屋敷。その空間は、いわゆる書斎だった。壁を沿うように設置された本棚。天井に取り付けられた灯りがわずかに室内を明るく照らしている。大柄の男は、髪の生えていない頭部を爪でかきながら、視線の先にいる『影』に訊く。


「それで用事って何ですかー。また人殺し、ってのはやめてくださいね〜」


 男は眠ってしまいそうなぐらい温厚に、『影』に語りかけ

る。男の名は猫武振熊。仁徳天皇に仕える術師。大柄で、髪は坊主に刈っている。瞳は温厚さを感じさせるタレ目。背中に背負っている青銅の大剣が特徴的。振熊が呼びかけた『影』は人の形を保っている。だが、人間のパーツは目視できない。瞳もない。鼻もない。口もない。肌もない。輪郭が曖昧で、存在感も希薄。まるで——そこにないような虚だ。だが、その影は振熊の問いに答える。


『御足労感謝する、猫武。年若いキミに殺しをさせたことは心が痛むことだったが、泰平を維持するためには必要なことであった。どうか、私を恨まないでくれ』


 『影』が椅子から立ち上がり、厳かな言葉を返す。『影』が紡ぐ言葉には、謝意が込められていた。それは、猫熊の先の任務が、『人殺し』であったからだ。


「別にー、気にしてませんよ〜。ただ、()()()()()()()()()()()()()()〜。それに、今回の任務は必要なものだったしー。そこまで心は痛まなかったから〜」


 振熊はなおも平和ボケしているように言葉を紡ぐ。雇い主である『影』も、彼のことは十分に理解していない。先の戦いで戦力として起用したばかり。それゆえに、関係性も浅い。だからこそ、『影』は不気味に感じた。


———こんな温厚な少年が、()()を殺したのか、と。『影』はすぐに違和感をおいだし、話を本題へと切り替える。


『先の戦——忍熊討伐戦の功績を以て、キミに頼みたいことがある。飛騨に巣食う怪物を殺してもらいたい』


 主君の召集理由が“任務”であると悟った瞬間、猫熊は垂れていた目をキリッとさせる。その雰囲気の変わり様は、『影』からみても一目瞭然だった。


「ム。結局、殺しですか。それで、飛騨に巣食う怪物、ってのは?」


『……耳に届いていないのか?』


「初めて聞きましたよ」


 振熊は基本的に呑気なのだ。気楽な考えで、“楽しかったらそれでいい”みたいなスタンスで生きている人間。だから、任務以外で情報収集なんかしたりしない。したとしても、自分の興味の範囲だろう。『飛騨の怪物』なんて埒外の話を、振熊が知っているわけがないのだ。『影』は額に手を当てて、言葉を紡ぐ。


『……では、そこから話そう』

 

『影』は一冊の本を取り出し、ページをパラパラめくりながら、言葉を紡ぐ。


『飛騨の“宿儺”。近頃、この大陸を騒がせている()()だ。異形のな。腕が4本の、年若い青年だ』


「——なんだって?」


 猫熊は己の耳を疑う。

——ただ腕が4本あるだけの青年が、なぜ脅威と騒がれる?


『当然の困惑だ。彼が脅威となりうる理由は、彼がキミと同じ“神秘”を扱う人間だからだ。そして彼は、我々に対して明確な敵意と殺意を持っている……と飛騨から送られてきた文書には記されている』


「僕と同じ“神秘”……って、もしかして僕の『剣』と同じ、ってことですか!?」


 『影』から告げられた事実に、思わず振熊は何歩か前に踏み出す。『影』は動じることなく、淡々と事実を並べていく。


『真偽は怪しいが。応戦した兵が、キミの『青銅剣』と同様のエネルギーを感じたという。事実であるならば、由々しき事態だ。神秘は人ならざる力をもたらし、災を引き起こす。忍熊はその類は有していなかった故、幸いしたが——()()()()()()


 神秘。現代でいうところの魔術。

魔力元素を変換し、炎や水に変える技術。古墳時代……日本の古い時代では、それを扱うものは少なかった。振熊は、その少数の1人。振熊が扱うのは、魔術とは少し離れた神器・天叢雲剣の複製品『青銅処刑機構・執行剣』だ。それは邪な悪霊を滅ぼすための一閃。猫武家に代々伝わる必殺の刃——。

 青銅の剣は、現実の道理に反することを引き起こすことができる。そのうちの一つが、忍熊との戦いで用いた『水食疾蛇(ブレストスネイク)』。水の魔力元素を剣先に集め、大蛇のように斬り放つ技だ。これによって、振熊は快勝を収めることができた。およそ生身の人間では及ばない、奇跡の濫用。

猫武と同種の人間がもう1人いるという事実に、そして保有者が明確な敵意を示していることに、『影』は戦慄しているのだ。


「……いや、けど『神秘』は特別な血統がないと発言しないはずだよ。一般人、まして青年が扱えるようになるとは思えないよ」


『ヤツは何らかの“素質”を持っていた。そう結論づけるべきだ。『素質』なきものに、ヤツは太刀打ちできない。故に、キミに宿儺討伐を命じたい』


「……宿儺。それが、今回の殺害対象(ターゲット)の名前ですか」


『然り。できるか?』


 振熊は一瞬、視線を『影』から逸らす。そして間も無く。


「できますよ。けど、まずは相手のことを知らないと。()()()はどれくらい知ってるんですか」


『あまり期待はするな、と言っておく』


▼△

 振熊は『影』のいた書斎を立ち去り、ある人物の後ろに続くように歩いている。温度が低い。廊下や地面は硬い土だ。先導する男が手に持つ灯りだけが、空間をほのかに照らしている。

男の装いは異質であった。振熊の無骨な装いに反して、先導する者は金属製の鎧を身に纏っている。黒く、硬い鉄の防御機構。背丈は高く、痩身。時代にまったく似つかわしくない出立ちをした男は、奇異の視線を向ける振熊へ振り返る。


「キミはまだ慣れないか、振熊。やはり、私の装いは奇異なものなのか」 


 目をバイザーで隠した男は、籠った声で振熊に訊く。周りと比べて明らかに異質だということを、この方は自覚していないらしい。振熊は心の中では不遜なツッコミを入れてしまう。


「慣れないね〜、仁徳さんの服、防具……? っていうか、そのテカテカ……硬いのはなんなの?」


欧羅把(よーろっぱ)の遺産、ギリシアの残滓らしい。この前難波に来た『渡来人』が譲渡してくれたのだ」


「『渡来人』〜?」


「キミ、少しは知識を広げた方がいいぞ」


 金属の鎧を纏う男は呆れたように言葉を紡ぐ。思わぬお説教に、振熊は頬を膨らませる。

 

「それよりも、問題は飛騨の怪物だ。キミ、情報が欲しいと言ったな」


 仁徳天皇はバイザーの下のところに人差し指を当てる。


「うん。じゃないと、倒せるものも倒せないから」


「ヤツは炎を使う」


「炎なら、僕の『青銅剣』と相性がいいな。いーじーうぃん、ってやつにならない?」


 振熊の能天気な返答に、男はバイザーの下で眉を顰める。


「その考えは改めるべきだ、振熊」


 仁徳天皇は振熊を諌める。


「ヤツの炎は凄まじい。一夜で飛騨の討伐隊を無に帰し、焔の海に沈めたのだ。()()()()()()()()()。早々にカタをつけなければ、収拾がつかなくなるやもしれん」


「——最速で『水食奔蛇』を撃ち込む。これで完勝」


 誇らしげに言葉を紡ぐ振熊。内心心配になってきた仁徳天皇は、ため息混じりに言葉を紡ぎ始める。


「ダメだ。ヤツには()()()があるときく。全てを灰塵にする一撃を持つと、文書には記されていた。ヤツの反応速度次第だが、キミの攻撃よりもヤツの一撃の方が早ければ——」


 振熊は息をゴクリと呑み込む。


「だが、それを防ぐ手段がこちらにはある。それがこの古墳兵器アスガルドだ」


「古墳兵器……って。それも西欧のなんです?」


「左様。私の身の丈の5倍の高さを誇る戦闘機だ。アスガルドの機能の一つ『仮想展開・偽造神盾(ゴッドガード)』を以て、ヤツの一撃を凌ぐ」


 『機将』仁徳天皇の秘策はこれだ。飛騨の戦場をただの一度の攻撃で灰にし。膨大な火力と範囲を有する絶技を凌ぐ奇跡。

かつて地球を守護した戦女神(アテナ)の権能で、宿儺の必殺を無効にしようというのだ。


 やがて、2人は古墳兵器を操縦するための空間——主操縦室(コア・オペレーター)に着いた。先ほどの狭い廊下とは打って変わって、室内はかなり異質だ。まず、壁や天井、床が真白のタイル。前面はガラス張りになっており、その景色が窺える。あまりに近未来的な内装に、振熊は思わず口を開けてしまった。先導していた仁徳天皇が、振熊の方は向き直り、バイザーを外す。男のキリッとした双眸が顕になる。


「どうだ」


 一言。期待を込めた問いを少年へ言い放つ。

西欧の技術は恐ろしく進化しているらしい。超次元的すぎて、振熊の思考は追いつかない。圧倒的異質。これが欧羅把の遺物だと言うのなら、おそらくそこはイカれた魔境に違いない……。それが振熊が抱いた率直な感想だった。


「欧羅把って、すごいですね」


 当たり障りのない賞賛しか口から出てこなかった。その感想を聞いて満足したのか、天皇は再び振熊に背を向け、後ろで手を組んで歩き始める。


「改めて紹介する。これが私が飛騨征伐に向けて仕入れた兵器、アスガルドだ。先の忍熊征伐では起用できなかったが、つい先日、稼働できる段階となった」


「征伐って……、まさか仁徳さん直々に出るんですか!?」


「そうだ。優れた兵器なのは確実だが、『渡来人』曰く自動操縦式(おうとまちっく)ではないらしくてな。操縦桿(はんどる)を握るのは私、というわけだ」


「おうとまち……なんて?」


自動操縦式(おうとまちっく)欧羅把(ようろっぱ)ではすでに確立されていたそうだ。要は私の式神のようなものだ。無機物……意志を持てぬものが意志を持ったように自立して稼働する。それがおうとまちっくというやつらしい」


「で、古墳兵器はおうとまちっくじゃないから、天皇も征伐に出ると……。僕は普段通りに戦えばいい?」 


「ああ。それで構わない」


 天皇は再びバイザーをつけ直す。振熊は彼が放つ雰囲気を感じとり、情報の共有はこれで終わりだと察する。振熊は来た道を戻ろうと、黒鎧の男に背を向ける。ふと、振熊の頭の中に嫌な予感がよぎる。想定内での最悪。『仁徳天皇が死ぬ』——考えたくないような結末が、頭の中に奔ってしまった。彼の死はすなわち、日本の政治の瓦解だ。それこそ、宿儺が暴走して仕舞えば手に負えない事態となる。そうならないようにしなくては、と振熊は決意を新たにする。


「——じゃあ、狩ってきますね」


 振熊はまるで春の傘が靡くように——穏やかな口調で宣言した。足取りは軽い。早急な決着。振熊は、背負う剣に魔力を込めて、アスガルドの内部から立ち去る。


▼△

 時は1日前に遡る。

飛騨に造られた決戦場——数多の勇士が命を散らしたこの戦地は、ある魔物の手によって焼土と化していた。大地に渦巻く悍ましいほどの炎。兵士たちの叫びは空の暗雲へとかき消えた。そこにあったのは、あまりにも一方的な虐殺。

だが、その虐殺を乗り越えて『怪物』の前に立つ男がいる。

飛騨討伐隊、隊長。『怪物』討伐のために他の兵士を先導した希望の星。隊長は老齢の男だ。背丈は高い。伸びた白髪と右手に持つ両刃剣が特徴的だ。


「貴様ァ……どこでこれほどまでの力をつけた。これほどの荒業……今までに見たことがない」


 老齢の男にとって、それがただただ疑問であった。討伐隊はその戦力を以て、飛騨に襲いかかる脅威を払ってきた。だが、今目の前に立つ青年は、パターンにはまらない存在だ。

硬い灰色の髪。不気味なほどに肉がついていないはずなのに、その立ち姿からは圧倒的なまでの威圧感を感じさせる。老齢の男の言葉に反応するように、青年が右手の人差し指をクイっとたてる。


「ついさっき。見せ物小屋の連中を燃やそうと思ったときに、急に打てるようになったんだ。こんな風に——」


 ボンッ!! と青年の口が動く。老齢の勇士は直感で「ヤバい」と感じ取ったが、すでにあらゆる行動が間に合わない。なぜなら、とっくに老齢の男の右腕が焼けていたからだ。


「ガ、ガアアアアアアアアアアアアアァアアアアア!!!?????」


 遅れてやってくる痛感。追い打ちをかけるような灼熱感。

最後の討伐隊の勇士は、一瞬にして自慢の腕を剥奪された。その無様を、青年は上から見るように嘲笑う。


「へえ、老人でも高い声は出るんだ。いいね。ストレス発散(おもちゃ)として最高だよ」


 青年は無邪気に言葉を紡ぐ。痛みと共に襲来した別の感覚に、老齢の勇士は顔を歪める。


「腕が焼けた……ぐらい、で、なんだ……! 貴様……!

これぐらい……いくらでも……!!」


「よしなよおっさん。強がりはよくない。それとも、まだ焼き足りない?」


 片腕が焼けてもなお吼える老人が、青年の目には醜く映った。宿儺、と称される少年が右手の掌を突き出す。彼の掌に魔力が集まっていく。きっと、トドメを刺すつもりなのだろう。それは瀕死の老人にも理解できた。このまま屈していても死ぬだけだ。命を散らしてきた同志に、そんな情けない姿は見せられない。老人は己を鼓舞する。


——まだ、負けられない。

——せめて、後に繋がねば。


 老齢の勇士は力なく立ち上がる。


「……」


 青年は驚きを隠すように、忌々しい、と瀕死の戦士に視線を向ける。彼にとって、今の老齢の男の行動は、アリが水の中でもがくくらいの醜さだ。勇士の行動は、彼の怒りの琴線に触れた。


「死ね。お前も、オレの呪いでな」


 青年の掌から、終わりを告げる炎が放たれる。常人であれば、その炎の前に屈するだろう。そして、全身を灼かれ力尽きる。だが青年は失念していた。彼が曲がりなりにも、幾度となく怪異を破ってきた歴戦の猛者であることを……!!


 一方的な殺戮。

傷を負うはずがない。殺戮者は無傷で、討伐隊の掃討を終える。青年自身そう考えていた。しかし。


「……無駄なのに、よくやるよ」


 その炎の中に影がある。青年はその『影』だけで、あの老齢の勇士……死に体の虫が何をしているかわかった。


「ヴァァァアアアアアああああああああ!! ヴァおおおおああおおおおァァアアアアア!!!!!!!!」


 突っ込んできている。青年は舌打ちをする。


「“炎は朽ちる。大地は焦げる”」


 全身が灼かれてもなお突き進んでくる勇者を撃滅するべく、青年は詠唱を始める。


「“赤熱銀河。膨張する一点に、其を委ねる。条理を壊し、今その極点を広げるがいい。私は、それを許容する”」


 青年の力の込められた詠唱は、当然老齢の勇士の耳にも入っている。終わりを告げる宣言が紡がれていく。だが、今の彼にあったのは死への絶望感ではない。圧倒的格上——頂点的存在に傷を与えようと、極熱の空間を歩む勇気。そして、青年が老齢の勇士の眼前にまで迫る。


——ここだ!!


 老齢の男が、両刃剣を振り上げる。そして、命脈を絶たんと振り下ろそうとしたとき——


「“灼熱光天(メガフレア)ッ!!!!”」


 勝敗は決した。その宣言と同時に、青年は炎の奔流の放出を停止した。


「——」


 青年の視線の先に、あの忌々しい勇者の姿はなかった。

彼の放った炎の奔流と、『灼熱光天』の一撃で肉体が弾け飛んだのだ。もはや彼の存在を示すものは、『記憶』しかなくなった。勇者の消滅を確認した青年の口から、「フッ」と笑いが溢れる。


「なあんだ。所詮この程度、か。討伐隊長とか名乗ってたくせにクソ雑魚だったし。ま、復讐が楽に進んでいいんだけどさ」


 青年は、勇士の死骸に囲まれながら、勝利の余韻に浸る。死臭などは気にならない。鼻が慣れた。青年は辺りを見回しながら、思考を次の段階へ移す。飛騨は殲滅した。ならば次はその下の領内でも攻めに行こう。まるでゲーム感覚のように、なんのためらいもなく、青年は思案する。


「……けど、こんなやつらに魔力を消耗させられたのは屈辱だ。少しここで魔力を蓄えてから、攻めに行こう」


 青年は踵を返す。帰路に着く。目指すのは、遺しておいた見世物小屋だ。一晩休めば魔力は十分蓄えられる。魔術に覚醒したてゆえ、少々燃費が悪いのだけが瑕か。青年はそんなことを考えながら、死屍累々の戦地から姿を消した。


⭐︎⭐︎

何度だって言うが、オレの動機はお前らに対する復讐だ。

これは『消費』し、『関心』を向けず、『同調』し、『迫害』するお前たちに対する報復だ。だから、手に入れたこの力で全て燃やす。跡形もなく、助けの乞いすら灰にしてやる。

止められるものなら——止めてみろ。

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