第10節『決戦前哨』
俺は、奇形児として生まれた。生まれた時から、腕が他人よりも2本多かった。俺は便利でいいな、と思ったけど、親にとってそうではなかったらしい。気持ち悪い、という言葉が耳に入ってくる。人間に腕が4本あるのは普通じゃないから、と母親は俺に唾を吐いてきた。父親は見向きもしてくれなかった。俺が奇形児ぁと知った瞬間、あらゆる興味を無くしたらしい。だから、そんな俺が道端に捨てられるのは道理といえば、道理だった。
疑問も当然あった。
どうして他人と違うだけで、ここまで排斥されるのか。容姿が醜いから? 望んでいた姿と違うから? ……とはいえ、9歳の俺には、その結論は出せなかった。捨てられた俺は、ある男に拾ってもらった。なんていうか、奇抜で掴みどころがない妙な男に。
“こんな素晴らしいのに、どうして捨てられるのだろう”
男は目に涙を浮かべながら、最初にそういった。心からの同情だったのかもしれないが、拾われた当時はそれを皮肉と受け取った。男は裕福だった。裕福、というのは多分現代の人間が想像するようなものじゃない。俺にとって、『飯が食えて、風呂に入れて、何か学べる場所がある』。それが俺にとっての裕福だった。
そいつが見せ物小屋のオーナーって知ったのは、俺が十五の時だった。男は俺を商売道具として扱った。物珍しい奇形の少年として。怒りはあった。だが俺は、あの男に恩を感じていた。恩義がある相手に、こんな感情を持つのは、間違いだと、オレは自分の感情を押し殺した。そして、捨てられたのは二十の時。消費するだけして、人間どもは俺を切り捨てた。興味を無くした。見世物小屋の客の目は、あの時の母と父の目の色と同じだった。
“人間は消費と排斥の生物”
俺はようやく、人間を理解することができた。けど、このままじゃあ、腹の虫が治らない。見世物にされて、散々名誉を傷つけられて。挙句にあの男は“君はもういらないから”と笑いながら見捨てやがった……!
だから、殺してやった。幸い知恵はあった。見世物とてあるために身につけた、つまらない大道芸。火の車輪で見世物小屋の客を焦がしてやった。叫び声が癪に触った。煩いし、とても耳障りだった。その時ようやく、自分の中の怒りが晴れた気がした。取り憑いていた呪いが、取れた気がした。けど、俺が恍惚に浸っている時に、そいつは現れたんだ。
「君が、やったのか?」
声の主は男だった。背丈は高い。髪は男らしく、短く揃えてある。図体もでかい。決して痩せているとはいえない、太り気味の男。俺はその太男の眼差しから『嫌悪』を感じた。
「なんだお前。俺をその目でみるな。その目をするやつは、みんな嫌いだ。失せろ、殺すぞ」
拙い語彙で男を脅す。だが男は眉ひとつ動かさず、背中に引っ提げていた青銅の剣を抜く。
「答えを詳しく聞く必要もなさそうだ。君がコレを引き起こしたのは明白だね」
男は一瞬だけ、その目に悲哀を浮かべて、すぐに表情を切り替える。奴が有するのは執行者の眼。男は軽く腰を落として、剣を構える。
「てめぇも燃やしてやる。あの見世物小屋のカスどものように、な」
俺は四つの掌の上で、“炎”を躍らせる。これは俺が十八の時に目覚めた能力だ。自らの手で『火』を生み出す奇跡。あの見世物小屋の男は確か……『秘術』なんて言っていたが。だが図体のでかい男は、俺の炎をみて目を見開く。
「君、まさか発現しているのか?」
「うるせぇ黙れ、燃やすぞコラァッ!!!!」
俺は男の言葉を無視して、炎の津波を撃ち放つ。質量は大きめ、高さも奴の背丈よりも高くした。これで、あの目障りな男は死ぬ——!!
「元素、隔離!!」
男が何かを叫んだのと同時。まるで包丁を入れたかのように、炎の波が男の2メートル手前で左右に分かれた。まるで鉄の板で弾いたかのように。何をしたのか、俺には全くわからなかった。そして、次の攻撃に転じようと思った瞬間——
「青銅処刑機関・執行剣」
「ッ!?」
剣は振り上げられていた。そして——
「君の怒りはなんなんだ。どこから、そんな衝動が……!」
俺に一閃下した後、そいつはどうでもいいことを俺に聞いてきた。
「……俺は……テメェらが憎い。消費し、排斥するお前らが……だから、俺は、殺してやったんだ……」
「だからといって、こんな殺戮を犯していい理由にはならない! 君は……間違っている!」
「……カッ……俺の怒りが間違いだ…って? 俺の怒りは正しいものだ! 腕が他人よりも多いだけで、なぜ、これだけの仕打ちを受けないといけない! 見せ物にされ、道端に捨てられて……!! なら、お前は奴らの行いこそ……正しいって言うのか!?」
「………」
「……まあ、いいさ。いつか証明してやる。俺が正しいと。俺の怒りは真っ当であると。貴様たちの未来を灰すら残さず焼いてやる……!!」
▼△
午後7時半。普段ならまだ人の声で溢れている戸川区の一角。だが、戸川区に夜の街としての姿はない。今夜に限って、この住居区は異端狩りと両面宿儺の決戦場となる。
(『反作用』を起こそうと、呪霊であるのには変わりない。呪核は必ずどこかに存在する。だからそれを叩けば、オレの勝ちだ)
現代の雰囲気とはとても似合わない、異様な、まるでダークファンタジーに出てくるような魔術師の装いをした男が、宿儺の進行方向に位置するビルの屋上に立っている。生地は布だろうか。重みはないようで、男の装いは風によく靡く。
「住民区域に被害を出すのは、ごめんだ」
樫木は眉を顰めて、礼装の裏のポケットから『白い箱』を取り出す。——それは、樫木の擁する第一礼装。名を『仮想現実構成体』。自身が視認できる世界の範囲をまるまる、この箱に複製し、自分と任意の一人をこの中に封じ込める、という礼装。一般人への被害は出さない、を信条にしている樫木は、これを愛用している。
(……あとのことはひとまず、取り込んでからだ)
『複製現実生成。仮想同期……展開完了。対象者確認」
箱が女性の機械音声を流す。平坦に言葉が紡がれたのと同時、樫木は白い箱を空へと投げる。
「接着、取込!!」
樫木の宣言に呼応するように、白い空箱が輝きを放つ。その発光を、巨人内部の宿儺にも視認する。
(ふん、小細工を)
そう直感した宿儺は、甘んじてその輝きを受け入れる。貴様の策にのってやる……という傲慢で余裕を残した態度で。
変化は一瞬だった。樫木と宿儺……いや、巨人は、現実と全く空間……『仮想現実』に引き込まれていた。先ほどのビルよりも高い建造物の屋上で、樫木は迎撃の準備をする。
樫木の武器は、高位魔術にあたる『奇跡』だ。呪いを打ち払うための神術。限られた魔術師しか会得できない、至高の領域。その一端を、樫木は振るおうとしている。
「“誓約する”」
少年は小さく呟く。巨人は少年の呟きなど気にしない。
“虫ケラにできることはない”と、異端狩りに背を向けて、進撃を続ける。
「“刃を捨てよ。我は平和を約束する”」
「“誓いに意味を。破る者には天罰を”」
「“汝、万物を縛る鉄の鎖。以って、これを成約とす”!!」
樫木が叫ぶ。空気が揺らぐほどの叫びと同時に、アスファルトの地面を突き破って、金色の鎖が空へと躍動する。地を砕いた轟音に、巨人は足を止める。地面が破壊された衝撃は宿儺の足元にも伝わっているが、彼が姿勢を崩すことはない。ただ、悠然と樫木に視線を浴びせる。そして、躍動する鎖は巨人目掛けて降り注ぐ。それに対し、宿儺……巨人は炎で応える。建物のガラスや鉄筋まで溶かしながら、超高熱の津波は鎖を溶かすべく進撃する。だが——金色の一閃は赤に呑まれても躍動を続けている。
“……溶けるものだろう、普通”
金属製の鎖が、巨人の身体を縛り上げる。ボンレスハムを縄で縛るように——。樫木の宣言はここに成った。氾濫する赫海。高層ビルに陣取っていたのが功を奏し、樫木はその脅威を免れる。そして、この束縛だけで樫木の攻撃は終わらない。
「“召喚式、起動。我が血液を糧とし、一時の顕現を請願する。竜頭は仮想より出でり。黙示を破り、その威を見せよ!!”」
その宣言と同時に、樫木は自身の手首をナイフで掻っ切る。鋭い痛みが奔る。その痛みに少し顔が歪む。樫木の右手首から滴る血が、ひとりでに魔法陣を描いていく。巨人たる宿儺は、少年の儀を黙って見ることしかできない。今、宿儺は『鎖』によって指先一つに至るまで動かすことはできない。宿儺の放つ超高熱の炎ですら溶かすができなかった『縛り』は、攻撃でどうにかできるものではない。
——『平和契約』。それが、宿儺を縛る鎖の真実。奇跡の一つであり、その効果は『相手の動きを封じる』。ただそれだけのもの。だが、この奇跡を受けた者にとって、その効果は致命的な呪いとなる。特筆すべきは、罰則があるという点だ。
抵抗、攻撃の意思をみせれば罰が下される。もちろん、宿儺はそれを知らない。故に、彼は縛られながらも打開できる策を模索していた。
(こんな封殺手段があるとは想定外だった。術師……これほどまでに進化しているのか。だが———)
「誓いを、破ったな」
樫木がそう力強く言い放った瞬間、宿儺を縛っていた鎖が内側に棘をつくり、より縛りを強くする。呪霊といえども痛覚はある。自らの肉が貫かれる感覚に、巨人は呻き声をあげる。
久方ぶりの激痛に、巨人は地面に膝をつく。アスファルトの地面にヒビが入る。
(畳み掛ける……!)
「“聖者の息”!!」
樫木の宣言と共に、血の魔法陣が回転する。痛みに悶える巨人は、全身で凶威を感じとり、炎の凶弾を樫木に向けて放つ。放たれた魔弾は八つ。軽自動車程度の大きさの炎が、異端狩りを目掛けて飛翔する。剛速で迫る死。だが、樫木は回避行動のひとつも取るつもりはない。なぜならば——火球の全てを、魔法陣から出現した竜が掻き消したからだ。黄土色の炎の波が宿儺の身体を貫く。
「ガァあああああ……!!!」
宿儺は呻き声を上げて、大きくよろめく。
そして、魔法陣の上に佇む影——赤色の甲殻、猛々しい2本の角。威容を示すように、竜は翼を広げ己を誇示する。其の銘はセインクラッド。創世記に原初の人によって堕とされた、最初の竜種……!!
「原初の神秘とは……貴様……異端狩りの精鋭とみた」
「今更か。お前は詰みだ」
樫木は勝ち誇ったように宣言する。奇跡『聖者の息』は樫木の奥の手であり、彼の最終攻撃である。事実、宿儺は想定外のダメージにまだ怯んでいる。腹部を貫いたのだ。致命傷とはならなくとしても——
(……あ?)
しかし、樫木がその考えが甘かったと自省した。なぜならば、その災いは平然と立ち上がってきたからだ。樫木の攻撃による傷は完全に治癒している。槍で穿ったはずの黒い体躯が、完全に復活している……!!
「だが、オレには至らん。形勢逆転、反撃といこう」
「!!」
樫木が危機を感じて行動するよりも先に、世界の地面が砕ける。両面宿儺が立っている場所を起点として、大地を割れていく。聖者が海を真っ二つにしたように——その速度は凄まじい。猛烈で地割れが進行し、それは樫木の立つビルまで迫ろうとしている。
跳躍。それが樫木の選んだ手であった。
「終わりだ。灼かれよ」
「しまっ!?」
そして、その選択をした時点で樫木は詰んだ。産業では一つの焦りが命取りとなる。“宿儺が立ち上がった”。この事実が、彼の判断力を狂わせた。迫る猛炎が、樫木を包む。
勝敗は決した。宿儺の放つ炎の温度は、太陽すらも上回る。
天体の熱を浴びた人間は、力無く地上へと落下していく。
だが今度は、堕ちゆくだけの樫木の身体を光が包む。
黒い巨人は、自身の勝利の確信に疑問を抱く。
(……なに?)
宿儺は“未知の現象”に対する警戒心が強い。あの忌まわしい熊男の剣のように、何の効力を示すか全く不明だ。だから、宿儺が止めの一撃を放とうとするのは当然の行動なのだ。巨人が突き出した掌の正面で、魔力元素が凝縮される。
「ッ!???!!!!」
だが、宿儺が止めの焔を放つよりも先に、彼の額目掛けて白一閃が走った。
「ったく、半端じゃないぞ、お前の炎。礼装がなけりゃ終わってた。主教に感謝だな、こりゃ」
そんな軽口を叩く戦士は、巨人を見下すように、電波塔の一点に立っている。この瞬間、宿儺は自身の考えを改める。
(あれは……退屈凌ぎの動画くらいにはなるか)
巨人の口角が上がる。考えを改めたのは、樫木も同じだ。
(あの炎……威力が高すぎる。礼装のおかげであと2発は耐えられるが、時間がないな)
樫木が生存した理由は、ひとえに彼が纏う礼装のおかげだ。
あらゆる致命傷を三回だけ弾く至上礼装。その名を、『限られた一時の生存』。
「いいだろう。オレを愉しませよ、異端狩り!!」
巨人は貫かれた額を抑えながら、吼える。
それに呼応するように、地面を貫き、炎の竜巻が躍り出る。
樫木は再び覚悟を決めて、奇跡を抜刀する。右手に握る輪郭が曖昧な、白く発光する剣を、樫木は左の肩に乗せる。
「来い、宿儺ァ!!」
異端狩りと史上最大の怨霊。
2人の決戦の蓋は、樫木の咆哮によって切られた。




