表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

プロローグ

 それはまだ太陽が昇っていないころ。駅から少し離れた、住宅街と隣接している廃マンションで起こっていた。整備されていないまま幾年が経っているのだろうか。錆びた鉄の階段を勢いよく駆け上がる少年がいる。小柄な少年だ。ツンツンで、癖のついた黒い髪。灰色のパーカーとジーンズパンツを着用し、黒縁のメガネをかけている。少年の息は荒い。まるで何かから逃げるように。鼓動を早める心臓の動きを感じつつ、今自分がいるのが何階か忘れるほど、階段を駆け上がることに集中している。


「はあ……はあ……、なんで、こんなことに……はぁ」


 少年は駆け上がりながら、今までのことを回想する。

そもそもこうなったのは、自らの好奇心のせいである。少年はオカルトが大好きだ。オカルト……というと、怪奇現象や幽霊、未確認生物(UMA)といったもののことだ。その興味は、小さい頃に見たテレビ番組に由来する。それからというもの、暇さえあればオカルトについての書籍を読み漁っていた。中学生になって行動範囲が広がってからは、心霊スポットに自ら足を進めるようになった。少年が今回、この廃マンションを訪れたのもその一環であるのだ。


 回想しているうちに、階段を駆け上がる少年の足が止まる。


「なっ……!?」


 廃マンションの蛍光灯に刻まれた文字は、少年に非情な現実を突きつける。『10F』。そしてこの廃マンションは10階建て。つまりは、()()()。階段の下から獣の鳴き声は聞こえる。少年は怯えながら、なんとか足を動かして、逃げ場所を探す。壁と交互に並ぶ扉は閉ざされているものがほとんどだ。


「……ああくっそ! 使われてないマンションなら、ドアが壊れてる部屋があってもいいんじゃないのか……!?」


 走りながら愚痴を垂れる。走る、走る少年はその中でついにドアが壊れている部屋を見つける。そのまま間髪入れず、部屋に入り込む。部屋の構造は単純だ。玄関の先にリビングに繋がる通路があり、右側にドアがある。少年は咄嗟の判断で、リビング前の右の部屋に逃げ込む。心臓の鼓動は相変わらず速い。混乱が身にしみて理解できる。少年は導かれるように、部屋の奥に配置されていたクローゼットは入る。


 少年は荒い息を整える。追手の恐怖を紛らわせるように、ジーンズパンツの右ポケットから拳銃を取り出す。少年の手にしている銃は護身用のものだ。


(……きたな)


 鳴き声と共に、『ソレ』はドアが壊れている部屋に入り込む。ワンワン、ワンワンという鳴き声が少年には呪いのようにも思える。鳴き声の主は、()だ。正確に言うと、双頭で頭部にツノが生えている。さらには、合計六つの目を持った怪物だ。『ソレ』こそが少年の追手の正体。


(まさか、こんなところで悪霊に襲われるなんてな……)


 悪霊。それはオカルト界隈に伝わる脅威の俗称だ。憎悪、怨嗟、無念、慚愧、後悔、呪い……そういったものが集合し、カタチを得たものが悪霊なのだ。なので、界隈の人間は皆、護身用の武装を所持している。少年が銃を所持しているのは、そういった理由だ。ちなみにだが、護身用の武器は人間に対しての殺傷力を持っていない。政府は、その事実を以て例外的に銃刀の所持を許可している。


 双頭の犬はグルルル……と唸りながら、クローゼットの前を徘徊している。少年は銃を両手で握り、頬の横で構える。タイミングは一度きりだ。だからこそ、少年は深い集中状態に入っている。少年は、クローゼットの外の敵の足音に耳を傾ける。

集中状態に入ってから数分、ついにその時はやってくる。


「———ッ!!」


 部屋全体に、足音が響き渡る。だが、それは少年の潜むクローゼットから遠のいている。少年はこの時を待っていた。勝利への確信で、口元が緩む。先ほどまでの恐怖は、もうない。

少年は、思い切りクローゼットから空中へと飛び出る。

 異形の猛犬もまた、その音に気付き振り返る。


「■■■■■■■■■■■!!!」


 唸り声をあげ、獰猛な牙を顕にする。少年は、銃口を悪霊に向ける。


「遅いッ——!!」


 そこから、銃弾が炸裂する。猛犬にとって、それは予想外のことだ。なにせ、『自身に傷を与える武器』というも認識していないのだから。


「———ガァアアアアアアァアアアアァ!!」


 狂犬の叫び声が木霊する。放たれた弾丸が、悪霊の頬を抉り、大きな風穴をかける。この時点で、少年の敵に勝機はなくなった。裂傷を負った狂犬は、力なく床に転がり落ちる。その死骸の横に、少年は着地する。そして服の首元部分を、口元を隠すように、左手で持ち上げる。右手に握った銃の銃口を、倒れた狂犬に向けて、小さく呟く。


「ったく、ビビらせやがって」


 そして、最後にもう一度。

廃マンションの一室の中に、弾丸の炸裂音が響いた。


▲△

 少年は、廃マンションでの『やること』を終えて、街中を歩いていた。時刻は午前6時。季節はまだ春。空はまだ暗い。

頭をかきながら、気だるげに歩みを進める。

 

「はあ……なんていうか、目当てのものはまったく見れなかったな……。妙なやつに襲われただけじゃないか」


 少年は、頭をかきながらぼやく。朝だというのに、少年の左隣の車道では忙しなくトラックや普通車が走っている。少年は、メガネを額にあげて、右手で眼をかく。眠気を堪えながら、日常が回っているのを実感する。


(オカルト的なものが見れるっていうから言ったのに、結局襲われただけ。早起きまでしたのになあ)


 前日に目覚ましをかけて、廃マンション探索の準備まで済ませたのにこの様だ。さながら遠足前日の小学生の気分だったのだが、帰ってきたのはなんともない無力感。肩を撫で下ろしながら、ため息をつく。


 少年は駅の構内に入る。改札を通り抜けて、ホームで電車を待つ。駅の待ち時間は暇なものだ。だから、少年はこうしてスマホでネットサーフィンをして時間潰しをする。


(……この前のネット情報はガセだったし、もうこのサイトは信用ならないよなあ。3ちゃんねるも……うーん、創作が多いしなあ)


 色々思考しながら、さまざまなサイトを巡る。個人サイト。Nanitter(ナニッター)Monstagram(モンスタグラム)……SNSやWebサイト。ネットの掲示板はガセネタが多いが、たまに大ネタが混じっている時があるから、少年はきっちり確認している。そうして、日課の情報収集を終えた時、タイミングよく電車がやってきた。


「……さて、いやだけど。今日も学校に行きますかあ」


 電車は、少年の自宅近くの駅を目指して走り出す。

時刻は午前6時30分。日が昇り、空は明るくなってきていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ