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さっさと逃げだす

 すべてがあっという間だった。


 わたしは、彼にひっぱられて走り続けなければならなかった。


 バラ園の裏側というのかしら、それとも奥というのかしら、とにかくバラ園を抜けると森だった。


 木々には枝葉が生い茂り、すこし奥に入っただけで陽の光は届かなくなった。彼にひっぱられるまま、木々の間を駆け抜けてゆく。


 すでに方向はわからない。しかも一直線に駆けているわけではなく、急に方向転換したりしている。だから、もしもここでほっぽりだされたるようなことにでもなれば、わたしは元の場所に戻れなくなってしまう。


 つまり、迷子。森の中で彷徨わなければならない。


 そんなの、悪女に似合わないわ。


 というような、どうでもいいようなことをついつい考えてしまう。


 それはともかく、少なくともこれだけは断言出来る。


 彼は、どこをどう駆けているかわかっている。いいかげんに駆けているわけではない。目的地があって、そこに向かっている。


 こうなったら、彼にひっぱられるままにするしかないわね。


 それにしても、宮殿内にこれだけ大きな森があるなんて。


 王宮や皇宮内にこんな大きな森を有している引き取り先は、はじめてかもしれない。


 とはいえ、これまでまわった各国の王宮や皇宮では、たいてい行動が制限されていた。わたし自身咎められるのがイヤだし面倒くさいから、食べ物や本を探したりなど必要最低限しか動かなかった。それは、ごくごく限られた範囲である。


 だから、もしも大きな森があったとしても、気がつかなかっただけかもしれない。


 ほどなくして、眼前に屋敷が現れた。打ち捨てられたようなレンガ造りのそれは、どこもかしこも崩れている。


 王宮の森の奥にこんな屋敷が?


 その瞬間、生い茂る枝葉がなくなり目の前がキラキラ輝きはじめた。陽光が燦燦と降り注いでいる。


 屋敷のすぐ近くに泉が湧いている。それから、小さいけど畑のようなものもある。畑には、赤色や黄色のトマトがたわわに実っている。


 それを見た瞬間、お腹の虫が目覚めた。


「ぐるるるるっ」


 お話に出てきそうな魔獣のうなり声みたいな音が、静かな空間に響き渡った。


 すると、彼の足が止まった。


 恥ずかしさのあまり、彼が立ち止まったことに気がつかなかった。だから、体ごとこちらに向き直った彼にぶつかってしまった。


「ご、ごめんな……」


 気がついたら、彼の胸の中にいた。


 先程のお腹の虫の音よりも衝撃的である。


 反射的に謝りかけた。


 が、すぐに我に返った。




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