【最終話】ついに結ばれて……のはず?
「だが、必死に自制した。きみに血を見せたくない。なにより、おれの本性を見せたくなかったから。おれは……。おれもアルフォンスと同じだ。狂っている。いくつもの戦争や政争を経験し、他人を傷つけたり殺したりすることが平気になってしまっている。なんの躊躇もなく生殺与奪の権を握り、行使する。その後、いっさいの後悔も罪悪感もなく、ふつうにすごすことが出来る。そんな非情で残虐なおれを見られたくない。あのとき、きみを傷つけようとしたアルフォンスが許せなかった。森の中の隠れ家のときよりもずっとずっと。おれは、隠れ家のときもやりすぎた。そう思ったときには遅かった。きみが傷ついているのを見て、われを失ってしまった。だが、今回はもっとひどかった。彼を切り刻むところだった。しかし、きみの存在がそれをとどめてくれた。おれを、かろうじて人間でいさせてくれた。すまない。こんな奴、最悪最低だろう? 嫌われて当然だ。もっと早くに話をすべきだった。そして、きみにはっきり『嫌いだ』と言われるべきだった」
彼は、俯いたまま言葉を絞り出している。苦し気で儚げで、いまにも消えてしまいそう。
これが、ほんとうの彼なのね。
これが、レイモンド・ロランなのね。
ほんとうの彼に触れたことで、わたしの心が洗われたような気がした。
「バカね、レイモンド。自分で自分のことをよくわかっている人は、けっして狂ってはいない。あなたは、その分違うことで贖罪を行っている。奪ってばかりではない。与えてもいる」
気がついたら、彼の頭部を胸にかき抱いていた。
彼は、されるがままになっている。
ロッテは、違う意味で男は子どもだと言っていた。そうね。こういう意味でも男は子どもなのね。
そう結論付けると、不思議と愛情がわいてくる。
これが母性本能というものかしら?
それとは別に、彼が床上で眠っていた理由に思いいたった。わたしに気を遣ってのことに違いない。
だいたい、ガマンのしすぎなのよ。それから、やさしすぎるのよ。
「エリカ、ヤリたいんだ。ヤラせて」
そう言えばいいのに。
もっとも、そう言われて「はい、どうぞ」と許すわけはないのだけれど。
それと、彼自身が素直ではないということもあるわよね。
だけど、それはわたしも同様だけど。
「腹が立っているんだ」
レイモンドは、わたしの胸の中でまたしても唐突に告白を始めた。
「エリカ。きみはバラ園でミステリー小説の犯人の名を告げただろう? そのことがずっと口惜しくて腹立たしくてならない。だから、きみに意地悪をしたくなった。トレーニングと称して、しごきまくってやった」
「な、なんですって? そんなくだらないことでわたしをしごいたの? 信じられない。たかだかミステリー小説の犯人の名を伝えただけよ。ひとえに、本を読む暇もない忙しいあなたへの思いやりよ。それなのに口惜しいですって? 腹立たしいですって? あなた、それでも男なの? 小さすぎるわ」
んんんんんん?
なんだか違和感があるけれど……。
まあ、いいわよね。
とにかく、そんなくだらないことでわたしに意地悪するなんて、器が小さすぎるしお子ちゃますぎるわ。
「近いわよ。近すぎる」
胸の中のレイモンドをおもいっきり突き飛ばした。すると、彼はうしろへゴロンと転がった。
「なにをするんだ。まったく、バカ力すぎるだろう?」
「言ったわね? ふんっ。器のちっさーいお坊ちゃまに、バカ力なんて言われたくないわよ」
あれ、どうしてこうなるの?
先程の流れでいけば、今夜こそは結ばれるはずではないかしら。たとえそこまではムリだとしても、月光の中ロマンチックに抱きしめ合い、熱い口づけをかわすってことになるのではないかしら?
なぜ? どうして?
「ちょっと、レイモンド。近すぎるって何度言わせるのよ。今夜は、大の字になって眠りたい心境なの。だから、あなたは床の上で眠ってちょうだい」
「はあああああ? だったら、きみが床の上で眠ればいいだろう? 大の字でもくの字でも好きな体勢で眠ればいいんだ」
「言ったわね」
「ああ、言ったさ」
わたしたち、結ばれる日がくるのかしらね?
そして、わたしたちは疲れや気怠さを忘れ、今夜もまた熱く激しい一夜をすごすのだった。
(了)




