偽王太子アルフォンスとの別れ
「クソ女っ、おれを愛していると認めろ」
「い、イヤよ。ぜったいにイヤ」
「認めろ、認めろ、認めろっ」
両手首の力が増してゆく。さらにいうなら、首も苦しい。
偽王太子が顔を近づけてきた。冷たい系の美貌も、いまはゴブリンも顔負けの醜悪な様相にかわってしまっている。
「ミステリー小説の犯人を平気で告げる奴なんか、ぜったいにイヤよ」
いまのが、わたしがアルフォンスを嫌う一番の理由である。
バラ園で、彼はしれっとバラしたのだ。
その禁忌ともいえる行動以来、彼のことを憎悪している。
「それならもっとささやいてやろうか、クソ女? 愛の言葉がわりにな」
「ほんっと、最低な奴ね。だいたい、クソ女クソ女ってわたしの名前も忘れているでしょう?」
唾を吐きかけてやりたい。
というか、レイモンドは?
彼は、わたしのピンチに何をしているの?
「もうやめろ。見苦しすぎる」
その瞬間、体の上から偽王太子が消えた。厳密には、宙に浮いている。
レイモンドは、偽王太子の襟首をつかんで宙に浮かせているのである。
「アルフォンス、いや、兄さん。あなたにエリカは似合わない。兄さんにエリカをモノにすることなんて出来やしない。彼女は自由だ。彼女は雲だ。どんよりした日の黒い雲だ。おれたち兄弟に、そんな黒雲をどうにかしようなんて出来るわけがない」
レイモンドは、偽王太子を軽々と宙に浮かせたまま静かに語る。
というかちょっと待って。
どんよりした日の黒い雲ってなに?
そこはふつう太陽とか青い空とか風じゃないの?
どうして黒い雲なの?
起き上がりつつ、モヤモヤ感が半端ない。
「だけど兄さん、心配しないで。黒い雲も、いつかかならずさわやかで熱い太陽にはかなわないと降参するときがやってくる。太陽は、すべてを照らし、育み、守るからね。いくら強烈な黒い雲でも、太陽にかなうわけがない。だから、安心して死ぬといい。兄さんの遺志は、おれがしっかり引き継ぐから」
ちょっと、いいかげんにしてよ。ツッコミどころが満載すぎる。満載すぎてツッコむ気になれないわ。
そのとき、レイモンドが偽王太子の襟首から手をはなした。
「ドサッ」
鈍い音ともに、偽王太子が床に落ちた。
直後、その偽王太子の鼻先に短刀が突き刺さった。
「兄さん、もはや毒杯を飲むまでもない。いますぐ死ぬといい。これ以上、兄さんに情けない姿をさらさせるつもりはないからね」
冷酷非情なレイモンドの命令に、偽王太子はなんの反応も示さなかった。
偽王太子は、瞼すら開けなかった。
「エリカ、行こう」
レイモンドに肩を抱かれ、促された。
彼は、王太子の死を見届けるようノッポと太っちょに偽命じた。
そして、わたしたちは地下室をあとにした。
振り返ることはしない。
石の床に転がっている偽王太子アルフォンスを、二度と見ようとはしなかった。




