やっとレイモンドがやって来た
「ク、クソ、クソ女……」
そしてついに、偽王太子が力尽きた。
というか、勝手に自滅した。
「エリカッ」
その瞬間、地下室の鉄扉がふっ飛んだ。
凄まじい勢いで入って来たのは、レイモンドである。
レイモンドは、地下室に入ったと同時にわたしの姿を認めた。それから、地下室内をさっと見回した。
その一瞬だけで、彼はおおよその状況を察したに違いない。
彼の美貌に、いろいろな感情が浮かんだり消えたりしている。
「エリカ、無事なのだな」
「ちょっと待ってよ。どうして断言するの? それに、来るのが遅すぎるじゃない」
「無事なのだな」ってどういうこと?
そこは「無事なのか?」とか、「ケガはないか」とかよね。
「きみはピンピンしゃんしゃんしている。が、アルフォンスはこの世の終わりレベルにボロボロだ。きみが彼をこんな目にあわせたのは明白すぎる」
「なんですって?」
冷静さを保つことを心がけつつ、床に転がっている偽王太子を踏みこえレイモンドに近づこうとした。
「気の毒なアルフォンス。死ぬ前にどうしてもきみとひとときをすごしたかったに違いない」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。レイモンド、あなたはいったいどちらの味方なの? 彼、わたしを拉致した上にこんな陰気な場所であーんなことやこーんなことをしようとしたのよ。種を植え付けるのどうのこうのって、頭のネジがぶっ飛びまくっているわ。いくら死ぬ前だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょう? それに、ここの管理はどうなっているの? それから、どうして牢の中にいる偽王太子がこんな新人暗殺者とか親衛隊の偽隊員とか手先を雇えるの? しかも報酬はたったの金貨一枚よ、金貨一枚。わたしは、たったの金貨一枚で拉致されて恐怖のどん底に叩き落されたのよ。失礼ったらないわ。それに、このノッポと太っちょだってそうよ。駆け出しの暗殺者だなんてあり得ない。もっとこう、わたしをスマートに血祭りにあげることが出来るようなプロがいなかったのかしらね? それから、あなたよ。もっと早く来れなかったわけ? 拉致された瞬間に『ビビビッ』って念波みたいなものが飛んで、助けに来るべきよね?」
冷静なわたしは、静かに語り終えた。多少、息が上がっている気がするのは、きっと恐怖からの安堵で気持ちの整理が出来ていないのに違いない。
「エリカ、少しは夫を立てて欲しいな」
眼前の美貌に気弱な笑みが浮かんでいる。
「ロッテから使いが来て、すぐに察知した。ここには飛んできたつもりだ。だが、もう終わっていた。おれの見せ場を残してくれることなく、きみが大暴れしまくったせいだ」
「な、な、なんですって? 全部わたしのせいなの? 拉致されたのも偽王太子にあーんなことやこーんなことをされそうになったのも、全部わたしのせいなわけ? 自業自得ってこと?」
信じられないわ。レイモンドったら、自分の無能ぶりを棚に上げてわたしのせいにするなんて。
「エリカッ!」
「なによっ」
レイモンドに鋭く呼ばれた瞬間、足首を何かにつかまれた。そして、ありえない力でそのままひきずり倒されてしまった。
「ふふふふっ。やっと、やっと種を植え付けることが出来る。しかも、レイモンドが見ている前でな」
「アルフォンス!」
石の床の上に転がっていたはずの偽王太子は、いまはわたしの上に馬乗りになっている。
背中が石の床のでっぱりにあたって痛い。
偽王太子の狂気に満ちた表情を見た瞬間、さすがにゾッとした。
片手でわたしの両手首を握り、もう片方の手でわたしの首を握っている。その人間離れした力に、よりいっそう怖気が走った。




