最強の悪者と最弱ヒーロー
「笑うな、クソ女っ!」
「うわっ」
油断していたわ。
突如、偽王太子が体を起こして飛びかかってきた。
だけど、体は動いてくれた。
すぐうしろにある机にブリッジの要領で両手をつき、その両手を支点にして後転倒立をした。当然、偽王太子は目標を失い、机に倒れこんでくる。そのタイミングで、両手をバネにしてうしろに飛んだ。
「おおっ、すごい」
「カッコいい」
ノッポと太っちょが称讃と拍手を送ってくれた。
「でしょう? いまどきの皇太子妃は、バック転とか宙返りとかおてのものなのよ」
ちょっと自慢してしまった。
レイモンドに教えてもらって、アクロバット技も出来るようになった。
これでいつ離縁されたとしても、旅の曲芸団に入団出来るかもしれない。
「すごいじゃないか。そういうアクロバティックな技もバンバンやろう」
偽王太子は、石の床に顔面を打ちつけたつぎは机の縁に額をぶちあてながら宣言した。
そのへこたれない姿勢に、もう少しで感動してしまうところだったわ。
「だから、そこを動くなよ」
彼がまた襲いかかってきた。だから、机を足で蹴って彼の方へとすべらせた。
「ゲフッ」
石の床の上をモタモタとすべった机の縁が、偽王太子の太腿にあたった。たったそれだけなのに、彼はうしろにひっくり返ってしまった。
気の毒に。しばらくの間牢に閉じ込められ、食べる物もロクに与えられていないのね。だから、体力が落ちに落ちまくっているのに違いない。
偽王太子は、必死に起き上がろうとしている。
「エリカ、そこを動くなよ」
彼は、ふらつきながらもなんとか立ち上がってきた。それから、一歩、二歩と必死に足を運んでいる。
大分と待たされた後、彼がやっとわたしのすぐ前までやって来た。
わたしは、人一倍忍耐強くて思いやり抜群である。だからこそ、それまでじっと待ってあげていた。
「えいっ」
ご褒美の意味もこめて、彼の額に軽くデコピンをしてあげた。
「ぐわっ」
すると、彼はまたうしろへふっ飛んだ。そして、背中から石の床に叩きつけられてしまった。
なんて大げさなの。というか、背中から床にダイブするなんて、器用すぎるわ。
「グフッ……」
しばし動かなかった偽王太子が、苦し気に息を吐きだしてからまた動き始めた。
上半身を動かすことも出来ないみたい。血反吐を吐きそうな勢いで、ようやく四つん這いになった。
「ク、クソ女、そこ、そこを動く、動くな……」
「がんばって」
思わず応援してしまった。
彼は、そのあともなんとか近づいてきては倒れた。
「まるでガキの頃に読んだ、『大魔王と小さな勇者』みたいだ」
「ああ。おれも似たような話を読んだな。たしか、『大魔女と最弱勇者』という題名だった。これはまさしく、その一番盛り上がるシーンだ」
ノッポと太っちょがコソコソ話をしている。
なにそれ? それってどう考えてもわたしが大魔王か大魔女じゃない。
倒れては起き上がり、また倒れては起き上がってくるという構図は、どう贔屓目にみてもわたしが悪役にしか見えない。
というか、偽王太子がいくらなんでも弱すぎでしょう?
「だったら、あなたたちがどうにかしてあげなさいよ」
指摘してからハッとした。
彼らが何者か知らないことに気がついたからである。
ただの雇われ悪党? それとも、買収された牢の番人?
「やめておきます。おれら、まだ駆け出しの暗殺者です。とてもではないですが、妃殿下のスキルや気迫に勝てそうにはありません」
ノッポがおずおずと告白した。太っちょは、その隣で音がするほど頭を上下させている。
ちょっ……。
ツッコミどころ満載すぎて、どこをどうツッコんでいいかわからない。




