アルフォンスが襲ってきた
「ふんっ! だったら実践してみなさいよ。出来もしないことを自慢するのは、ただの愚か者よ」
鉄格子に近づき、ふんぞり返って挑発した。
牢の中にいて、どうやってヤルっていうの? それこそ、アレもビヨーンって伸びるのなら話は別だけど。
それでも、難しいわよね。
そんな図を想像したら、おかしくなってくる。
そのとき、ほんの気まぐれ的に鉄格子の向こうにいる偽王太子から、ずっと右の方に視線をずらしてみた。
う、嘘―っ!
それが目に留まった。留めたくなかったけれど、イヤでも飛び込んできて瞳に焼きついてはなれなくなった。
なんと、牢屋の扉が開いているじゃない。
これでもかというほど全力で開いている。
「さあ、実践してやるぞ」
偽王太子は、余裕たっぷりで牢の外に出て来た。
当然、全開している入り口から。
こんなのってある? 神様、チートすぎるわ。
しばし地下室の天井を見上げ、頭上のどこかにいるかいないかわからない神様にクレームをいれた。
「上手なところをみせてやる。横になれ」
「はあああああ?」
偽王太子は、ゆっくりとこちらに向って来ながらすっとぼけたことをのたまった。
「あのねぇ、わたしは王太子妃よ。一応、レディなの。レディの意味、わかっている? 清楚でお淑やかでやさしくって常識があって知識があって気遣い抜群で、などなどを身につけている存在のことよ」
自分で言いながら、わたしってつくづくレディではないわねって実感せざるを得ない。
ああ、もうっ!
いま、そこは反省しなくてもいいの。レディにもいろいろいるわ。わたしの場合、ちょっと個性的なレディというだけなのよ。
いまは、世間一般的なくだらないレディの話よ。
「そのレディに対して、『横になれ』ですって? デリカシーがないっていうより、男としてどうよって言いたいわ。ねぇ、あななたたちもそう思うでしょう?」
ほんとうにそうかどうか確信が持てないので、念のためノッポと太っちょに同意を求めてみた。
二人は、控えめにうなずいた。
「ほら、見たでしょう? 上手なところみせたいのだったら、それなりに紳士になってからにしてちょうだい」
もう間もなく毒杯を飲んで死ぬ相手に、そんな時間があるわけがない。それなのに非情な一言を投げつけてやる。
「だったら、おれが横にならしてやる。その方が、上手なところを見せ甲斐があるからな」
残念。ごまかせなかったわ。失敗よね。
それどころか、かえって征服欲を刺激したみたい。
残念がっている間にも、偽王太子はジリジリと距離を詰めてきている。
間合いに入られたくないから、ジリジリと後退りする。
レイモンドから、間合いには気をつけろと言われているから。
だけど、すぐに後退り出来なくなってしまった。
机らしきものの角が、お尻にあたってしまったからである。
その瞬間、偽王太子がいっきに間合いを詰めてきた。しかも、両腕を伸ばした状態で。わたしの肩をがっしりつかもうとしているに違いない。
そう判断したときには、覚悟を決めた。
「ギャッ!」
身構え、彼に一発くれてやろうとした。得意の右拳を、である。
だけど、出来なかった。
「なんなの、いったい?」
思わず、ふきだしてしまった。ノッポと太っちょも、無遠慮に笑い声を上げている。
なんと、偽王太子は石造りの床のつなぎ目かでっぱりにけつまづいたみたい。それで、顔面からおもいっきり床にダイブしてしまった。
「どんくさいったらないわね。それではとても、上手なところを披露することは出来ないわよ。それどころか、寝台から転げ落ちてアウトよ」
ツボに入ってしまった。
フルフル震えるうつ伏せ状態の偽王太子の背中を見ると、余計に笑いが止まらなくなった。




