偽王太子アルフォンス・ロランとの再会
「まあっ! だれかと思いきや、偽王太子じゃない」
牢に体ごと向き直ると、ポーカーフェイスを保ったままうそぶいてみせた。
内心は、それとは正反対の状態である。
なぜ? なぜ偽王太子がここにいるの? そもそも、ここはどこ? この場所はいったい何? どうしてわたしを拉致したの? いまさら何の用? わたしをどうするつもりなの?
動揺と混乱しているのはもちろんのこと、疑問と不安が溢れかえっている。
だけど、それらをグーッとおさえこんで心の底に沈めた。
だって、癪でしょう?
こんな奴に、ビビっているって思われたくない。弱みを見せたくない。
だから、「あら、あなただったの? ふーん。そうなんだ」程度にしか思っていないようにふるまいたい。
なにより、偽王太子はぜったいに許せないことをやってくれた。人間としても大人としても男としても、けっしてやってはいけないことをしでかしてくれたのである。
そんな奴には、堂々とした態度を貫かないと。
ごたいそうな矜持は持ち合わせてはいない。だけど、なけなしの矜持は全力でふりかざしたい。
もっとも、そういうのを虚勢をはるっていうのでしょうけれど。
とにかく、わたしから「どういうこと?」とか「あなたがなぜ?」とか、問い質すようなことは意地でもしないわ。
「偽王太子ではない。おれこそが真の王太子だ。クソ弟のレイモンドこそが偽物だ。エリカ、おまえはだまされているんだ」
バカじゃないの?
その一言が、危うく口から飛び出しそうになった。
牢に一歩近づいた。
どうせ牢の中に入っているのですもの。彼の腕がビヨーンと伸びないかぎり、彼がわたしに危害を加えることは出来ない。
もちろん、肉体的にはという意味だけど。
気の弱いわたしだから、言葉で攻撃されればかならずや精神的にダメージを受けてしまう。
とりあえず、一歩近づいて彼をあらためて見つめた。
気の毒に。偽王太子の冷たい系の美貌は、すっかり病んでしまっている。
つまり、彼の精神は完全にアウトっぽくなっている。
偽王太子は、いまもまだ自分が王太子だと思い込んでいる。もうすぐしたら、神だと言いだすかもしれない。
そうだったわね。失念していたわ。彼が毒杯を飲むのももう間もなくのよね。すでにカウントダウンが始まっている。
こんなやりとりも、これが最後になるわけね。
それなら、せめて彼の頭の中の設定に合せてあげるべきかしら。
「ここがどういうところか知っているか?」
死にゆく偽王太子に思い出作りが必要かどうかを考えていると、その当人は鉄格子を両手でつかんで揺すり始めた。
「いいえ、知りたくないわ。だって、わたしには関係ないから」
「妃殿下っ」
「妃殿下っ」
彼が尋ねもしないのに尋ねてきたので、率直に答えた。すると、うしろに立っているノッポと太っちょが鋭く呼んだ。
「なに?」
振り向くと、彼らは目顔で何かを訴えている。
だけど、わたしには彼らの訴えたいことがわからない。
「昔、ここは特権階級専用の牢獄だったんだ」
偽王太子は自分が王太子だと思い込んでいるだけでなく、わが道を突っ走りまくっているみたい。
勝手に説明をし始めた。
大昔、ここは貴族や官僚、ときには王族など、精神を病んだ特権階級の人たちを隔離していた病院だったらしい。とはいえ牢まがいの病室は、地上の建物ではなく地下につくられたという。早い話が、地下牢に閉じ込め、その存在を消してしまったらしい。
その極秘の精神病院は、ときを経て屋敷じたいは廃墟になってしまった。当然、地下牢も使われていない。
今回の事件は、出来うるかぎり極秘にされている。
だから、アルフォンスをこの忘れ去られた地下牢に監禁したということね。
そう推測した。




