ある屋敷にて
足が勝手に動いていた。気がついたら、屋敷の重厚な大扉のすぐ前に立っていたから驚いてしまった。
しかも、手まで勝手に動き始めた。そして、大扉のごつい真鍮製のノブをつかんでいた。
「ちょっ、ちょっと、待って。わたし、開けるの? この大扉を開けて、みずから死地に飛び込むわけ?」
自分に尋ねた。
ロッテが、「無茶をしないで」って言っていたわよね。ついでに、レイモンドがいまの状況を見れば彼も反対するわよね。
これって、危険な好奇心よね? たしか、遠い大陸の国の言葉に「好奇心は猫を殺す」とか「君子危うきに近寄らず」ってあるわよね?
もしもこれで殺されてしまったら、レイモンドにどんな嫌味を言われるかわからない。嘲笑されるかわからない。
そうよね。たとえ何を言われようと笑われようと、死んでしまったらそんなこと関係ないわよね。
これが分別のある大人であれば、いますぐにでも回れ右して他の屋敷に駆け込むわ。
「ちょっと何をしているのよ、わたし?」
思わず、叫んでしまった。
あれこれ自問自答している最中だというのに、手がドアノブを回し始めたじゃない。
そして、大扉が開いた。
大扉の向こうに、ノッポの男と太っちょの男が立っている。ノッポの男の右手は、内側のノブを握っている。
よかった。わたしがドアノブを回したのではなかったのね。このノッポが回したのよ。
ホッとした。
って、そんな場合ではないわ。
だれなの、この人たち?
「王太子妃殿下?」
太っちょが尋ねてきた。
太っちょなのに、か細い声で。そのギャップにキュンときそうになった。
そんな不謹慎な感情を帳消しにする為に、鷹揚にうなずいてみせた。
「入って下さい。待っている人がいます」
ノッポの男が言った。
痩せているのに、めちゃくちゃ野太い声で。だけど、そっちのギャップはキュンとこなかった。
いろいろ尋ねたいけれど、とりあえずやめておいた。
尋ねたところで答えてくれるわけがないし、すぐに「待っている人」のところに連れて行ってくれるはず。その待ち人が、今回の拉致事件の黒幕か主犯に違いない。
ミステリー小説だったら、謎が解けていっきにエンディングに向かうはず。
彼らのうしろについて歩きながら、屋敷内をキョロキョロと観察してみた。
人の気配がほとんどない。というよりかは、生活感がない。
灯火は、廊下を歩くのに最低限の本数しか灯していない。
彼らは、エントランスから奥の廊下へ入ってすぐの階段を降り始めた。
地下室ね。
森の中の隠れ家にも地下室があった。
わたしは、そこに隠れていた。殺し屋などから身を隠したレイモンドと同じように。そして、そこで決着がついた。そして、あらたに始まった。
階段を降りると、とんでもなく立派な鉄扉が行く手を阻んでいる。
ノッポの男が腰から鍵を外し、それで鉄扉を開けた。
太っちょの男が全身全霊の力をふるって開けないといけないほど、その鉄扉は開かないみたい。
ということは、か弱いわたしにはムリってことよね。
二人に続いて中に入ると、太っちょがそれを閉じ、ノッポが鍵をかけた。
なんてこと。
ロウソクの淡い光の中、通路が奥へと続いている。その通路の左右には、なんと牢が並んでいる。
ここは、牢獄みたいなところなの?
驚くばかりの光景に、一瞬ここが古くて大きい屋敷の地下だということを失念してしまった。
二人が歩き始めたので慌ててついて行く。
すぐに机と椅子が見えてきた。
看守がそこで牢を見張るのかしら。
そこにいたったときである。
「エリカ、やっと来たか」
すぐ近くの牢の暗がりから声をかけられた。ひとつの影が、鉄格子のすぐ近くに迫る。
淡い光の中に浮かび上がったのは、偽王太子のアルフォンス・ロランだった。




