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わたしを拉致するのに金貨たったの一枚?

 偽隊員が開けるよりもはやく馬車の扉を開け、さっさと降り立った。


 目の前薄暗がりに、立派な屋敷が建っている。


 どこかの貴族の屋敷かしら。


 たとえば、ベシエール王国にある三大公爵家第一位の屋敷とか。


 ちなみに、それは「頭てっぺん禿げ」こと宰相マチアス・バルリエ公爵の屋敷のことだけど。 


「おいっ、妃殿下……」


 地に降り立った瞬間、馭者台から偽隊員が駆けよって来た。


 ほんとにもうっ! 偽王太子といい偽隊員といい、ここは偽者ばかりよね。


「あの、王太子妃殿下……」


 偽隊員を見た瞬間、彼は姿勢を正して言い直した。


「ここはどこ? それ以前に近いわ」

「はい?」

「きこえなかったの? わたしたちの距離が近いのよ。離れてちょうだい」

「な、なんだって?」

「あなた、顔はイケているのに耳は遠いのね。もっと離れてとお願いしたの。あなたとわたしは、友人でも恋人どうしでもないわよね? 遠い親戚でもなければ、生き別れた兄妹というわけでもないでしょう?」

「あ、ああ。あ、いや、え、ええ」

「しかも、主従とか同僚でもないわ。ということは、縁も所縁もないまーったくの赤の他人よね。それなのに、この距離は何? おもいっきり不快感を与える距離よ。さっさと離れてちょうだい」

「は、はいっ」


 偽隊員は、飛び退ってわたしと距離を置いた。


「それでいいわ。でっ、ここは? わたしは、ここに隠れるわけ? もっとも、逃げ隠れする意味がわからないんだけど」


 目の前の屋敷を指さしながら尋ねると、偽隊員は両肩をすくめた。


「ここに連れて来るよう、おおせつかっているだけです」

「それで、いくらでおおせつかったわけ?」

「金貨一枚で……」


 わお! 見事にひっかっかったわ。

 彼は、すぐに誘導尋問にひっかかって口をすべらせたことに気がついた。そして、「あっ、やっちゃった」的な表情になった。


「金貨一枚? たったの一枚? 王太子妃ってそんなに安いものなの?」 


 ショックすぎるわ。


 これって、わたしだから安いのかしら? これがもしもわたしではなく違うレディなのだったら、もっと高かったのかしらね?


 地味に気になるわ。


「と、とにかく、中にはいってくれ。いえ、入って下さい。おれは、あとのことは知りません」


 ドジな偽隊員は、ジリジリと後退っている。


 それから、馭者台に飛び乗った。


「ちょっと、待ってよ。わたし一人にする気? いくらなんでもいい加減すぎるわ」


 拉致しておいて放り出すなんてあり得ない。


 しかも、金貨一枚でよ。


 どれだけ安いのよ。


 ムカつくわ。


 ふと、怒る内容が違うかも? って思ったけどそこは気にしない気にしない。


 とっとと去ってゆく馬車を見送りつつ、溜息をついた。


 でっ?  


 ここは王都だし、周囲に屋敷が並んでいる。このまま、向かいか隣の屋敷に駆け込むべき?


 だけど、そうよね。何がどうなっているのか知る必要はあるわよね。


 馬車はもう見えなくなっている。


 振り返ってあらためて屋敷を見た。


 二階建ての古めかしい屋敷で、灯りはエントランス部分にだけ灯っている。それ以外の見えるかぎりの窓は真っ暗。


 屋敷の中に入れってことよね。


 しばし悩んだ。


 これが小説のヒロインだったら、ぜったいに入るわね。それで、悪人に捕まるの。ヒーローを誘き出す為の人質になるわけ。


 現実はどうかしら?


 きっと現実もそうよね。


 そうでなければ、ドジな小悪党を雇ってまでわたしを拉致する必要なんてないんですもの。


 しかも、たったの金貨一枚でよ。


 だけど、中途半端よね。このままだったら、わたしが逃げださないと思わないの? もしかして、わたしが屋敷内に入って来ると確信しているとか?


 それとも、ドジな小悪党が最後まできちんと仕事をしなかっただけ?


 もしもわたしが中に入って来ると確信しているのなら、それにのせられるのは癪よね。だけど、もしもわたしが逃げだすかもしれないってヒヤヒヤしているのなら、のってやりたいわよね。


 もっとも、後者だとすれば相当な勘違い野郎な思いつきだけど。


 わたし、どうする? どうしたい?


 そんなふうに考えていて、ハッと気がついた。



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