拉致された?
「わかったわ。そうする。エリカ、ほんとうに大丈夫?」
「ええ、大丈夫」
ロッテに力強くうなずいてみせたつもりだけど、そう見えたかしら。
「ロッテ、気をつけて戻って下さい。今日は、楽しかったです」
「あなたもね。わたしも楽しかったわ」
「妃殿下、はやくっ!」
せっかく別れを惜しんでいるというのに、せっかちな隊員よね。
そんなに急かさないでほしいわ。
土壇場で逃げだしたり気がかわったりしないんだし。
内心で呆れていると、ロッテがギュッと抱きしめてきた。
「エリカ、どうか無茶はしないで。殿下は、あなたが彼を想っている以上にあなたを想っている。愛しているの。それを忘れないで」
右耳にささやかれた。
「わたしも愛しているわ。そのことも忘れないで」
わたしが口を開くよりもはやく、彼女の体がはなれた。
しびれを切らした隊員が、ズカズカとこちらに向って来たからである。
「わかっているわよ。だから、急かさないでちょうだい」
わざと傲慢に言い放ち、最後にもう一度彼女にうなずいてから踵を返した。
そして、隊員の手を借りずに馬車に乗りこんだ。
最近のハードな夜のお蔭で、多少の段差でも足が軽く上がる。馬だって、腕の力と跳躍とで軽く乗ることが出来る。
馬車に乗りこんで着席するまでに、馬車が走りだした。
窓から顔をだすと、ロッテの姿が見える。
彼女は、この馬車の去る方角を見極めているのである。
あっという間に、彼女の姿は見えなくなった。
馬車は牧場に来たときのような街道を通っているのではなく、森や林や岩場を使っている。
ずっと全速力で駆け続けている。
足場の悪いところを全速力で駆けさせるなんて、二頭の馬がかわいそうよね。
窓外を流れていく景色は殺風景なものばかり。
だけど、それもちゃんと視覚出来ているわけではない。
上の空で見ている。
頭の中は、どこに連れて行かれるのかとか、だれが待っているのかとか、だれの差し金なのかとか、そんなことばかりを考えている。
拘束されている偽王太子アルフォンスが逃走したというのは、ほんとうなのかしら。
だとしたら?
わたしを拉致したのは、アルフォンス? それとも「頭てっぺん禿げ」の宰相?
二人が共謀している、という可能性もかなり高いわよね。
もしかすると、偽王太子のアルフォンス派や宰相派のだれかという可能性もある。
いったい、だれなのかしら。
窓外から正面に視線を移した。
仕切りの向こうの馭者台で馬を馭している偽隊員に、わたしを連れて来るよう依頼したのがだれなのかを尋ねたところで、彼は知っているかしら。
知らないでしょうね。こういう手荒いことを専門にしている連中は、お金だけもらって用件をすませるだけですもの。
依頼人がだれなのか、正体を知る必要などない。というよりかは、知ったことでその身がヤバくなることが往々にしてある。
すくなくとも、小説の中では知ったが為に消されてしまうなどというシーンがある。
それだったら、知りたがらないわよね。
ということは、このまま悶々と推測するしかないわよね。
また窓外に視線を戻した。
ロッテは、ちゃんと気がついてくれていた。
そして、すごく心配してくれた。
偽隊員は、わたしを拉致する気満々だった。断わったり、彼の嘘を見抜く素振りを見せれば、迷わずロッテを傷つけ、そのまま強引にわたしを連れ去るつもりだった。
偽隊員の害意は、半端じゃなかった。殺意とまではいかないけれど、わたしたちを傷つけるのに躊躇しないというオーラを出しまくっていた。
ちょっと待って。よくよく考えてみらた、ハードボイルド系やバイオレンス系のヒーローみたいにそんなことを察知出来るなんて、わたしってすごくない? いや、すごいわ。めちゃくちゃカッコいいスキルよ。
まぁ、それも例のハードな特訓の賜物なのでしょう。
それはともかく、ロッテとわたしが傷つかない為には、だまされたふりをして拉致されるしかなかった。だから、こうして素直に拉致されたわけだけど。
というか、本物の親衛隊の隊員たちは、いったいなにをしていたの?
護衛の役割を果たしていないじゃない。職務怠慢もいいところよ。
もしも、もしもわたしが生還出来たら、一人一人ぶっ飛ばしてやらなくっちゃ。
護衛の隊員たちを一人一人ぶっ飛ばすシーンを脳内で思い描くと、すこしだけ気分がよくなった。
そのとき、馬車が減速した。意外にも、窓外は王都の街並みがゆっくり流れている。
そして、ようやく馬車は停止した。




