毎夜ヤッているのよね
レイモンドは、王太子になることが確定しているのにもかかわらず将軍として前線に居続けている。「氷竜の貴公子」と異名を持つくらいの軍人だから、彼の存在そのものが必要なのかもしれない。しかし、彼自身はそれとは別に窮屈な王宮よりも軍の中に身を置く方が気楽に感じているのではないかしら。
そのように推測すると、彼のことが気の毒になってきた。
わたしは、逃げようと思えばいくらでも逃げることが出来る。名をかえ、身を潜める。最初こそ、レイモンドはわたしを捜すかもしれない。だけど、そのうち諦める。そもそも、捜すかどうかもわからない。もしかすると、わたしがいなくなったらせいせいするかもしれないし。
去る者は追わず、的に。
わたしのことはともかく、レイモンドは逃げるわけにはいかない。だいたい、彼はああみえて責任感が強い。その彼が、そもそも逃げだすわけがない。
今後、彼は将軍として前線で指揮をとることは出来なくなる。というよりかは、すでに王都に束縛されてしまっている。
将軍としてではなく、王太子として、いずれは国王としてこのベシエール王国を統治することになるのである。
「さて、食べましょうよ」
ロッテに声をかけられ、ハッとした。
牧場を見渡せるテラスのテーブル席上に、作りたてのチーズケーキとホットミルクが並んでいる。
チーズケーキは、ロッテに教えてもらいながら作ってみた。ミルクも自分で搾り、殺菌してから温めたものである。
彼女とテーブル席につき、牧場を見渡してみた。
放牧されている牛が、遠くの方に見える。
青々と茂った牧草を微風が撫でる。陽光はあますことなく地上にやさしく降り注ぎ、静けさが満ちている。
生まれ育った国も、ずっとこうだったらよかったのに。
ガラにもなく、感傷的になってしまった。
「美味しそう」
彼女とともに手を合わせて「いただきます」とあらゆるものに感謝をしてから、チーズケーキを頬張り、ホットミルクを飲んだ。
「白いお鬚がついているわ」
ロッテに指摘され、慌てて手で口許を拭った。
「殿下もまったく同じよ」
彼女は、クスクスと可愛らしく笑う。
「ところで、エリカ。あなたたち、毎晩派手にヤッているんですって? 意外とはやく、王子か王女の顔を見ることが出来るかもしれないわね。国王陛下もおおよろこびされるわ。おじいちゃんになるのだから」
「はい?」
ロッテはチーズケーキを三切れ、わたしはその倍を食べた。彼女はホットミルクを二杯、わたしはその倍を飲んだ。しあわせかみしめているとき、彼女が言った。
じつは、このほんの少し前に昼食を堪能していた。
この牧場は、農作物も育てている。そこで穫れた野菜と肉を焼き、特製のソースをつけたものが、ここの売りのひとつなのである。
それをお腹いっぱい食べた。
その上で、チーズケーキとホットミルクをいただいたのだ。
どれだけ食べるのよ?
自分で自分にツッコんでしまいそうになる。だけど、「スイーツは別腹」というレディ特有の理論で自分自身を納得させることにした。
いえ。いまは食欲の問題を考えている場合ではないわ。ロッテが尋ねているのは、違う系統の欲のことなのでしょうから。
「ちょちょちょっ、派手にヤッているって何をです?」
「いやだわ、エリカ。夫婦が夜に、いえ、昼日中でもいいけれど、とにかく、夫婦が寝台の上でヤルことって決まっているでしょう? もちろん、眠ること以外って意味だけど」
彼女は少女のように可愛い顔をしているのに、言うことが強烈である。あまりに刺激的すぎて、こちらの方が恥ずかしくなる。
「ロッテ、あなたの言う『ヤルこと』というのが、アレのことだったらそれは誤解です」
彼女の可愛い顔を見つめつつ、言葉を選びながら続ける。
「その、彼とは、殿下とはそういうのではないのです」
恥ずかしすぎる。
いろいろな意味で恥ずかしすぎるけれど、誤解されたままだと彼女だけでなく周囲の期待ばかりがおおきくなっていくに違いない。
毎夜、レイモンドとヤッていることで子どもができるわけがない。それなのに、国王までが期待しているのなら、申し訳なさすぎる。
だから、事情を説明した。
「なんですって?」
彼女が驚くのも無理はない。というか、驚いて呆れるしかないわよね。
わたしたちが毎夜ヤッていることは、冷静に考えれば、いいえ、冷静に考えなくてもおかしすぎるのだから。




