トレーニングに乗馬に
ドタンばたんという激しい音は、ぜったいに廊下にまで響いているはず。しかも、痛みや口惜しまぎれのうめき声とか叫び声とか、ありえないほど口から飛び出してしまう。
しかし、激しいトレーニングや練習が終わった後はスッキリする。難しい体位や技が出来たという達成感もある。
しかも、ありえないほど疲れまくるのでぐっすり眠ることが出来る。
翌朝の爽快感は尋常ではない。
毎朝、寝台の上は悲惨だけれども。激しく暴れまわるものだから、グチャグチャのヨレヨレになってしまっている。
当然、出来うるかぎり整えはする。しかし、なにせキングサイズの寝台は広すぎてきちんと出来ない。ときにはシーツや布団が破けたり、擦り傷などの血が付着したりもする。
だから、侍女たちには申し訳ないと心の中で謝罪している。
夜の超ハードなトレーニングを開始して三日ほど経ったその日、ロッテとすごした。
彼女とは、妃教育という名目でいろいろ話をしたり乗馬を楽しんでいる。
彼女とは、気が合いすぎる。
話をするのもきくのも、すごく楽しい。
彼女と出会えてよかった。この出会いの機会を与えてくれたレイモンドとリュックに感謝してもしきれない。
今日は、乗馬をすることになっている。
王都から少し離れたところにある村で美味しいスイーツが味わえるらしい。
その村は牧畜が盛んらしく、搾りたてのミルクが飲めたり、そのミルクを使ったスイーツを食べることが出来るという。
その村にでかけてみた。
乗馬は、子どもの頃得意だった。最初、もたもたしてしまったけれど、すぐに勘を取り戻すことが出来た。軽く駆けさせるくらいなら、なんなく出来るようになった。
レイモンドが準備してくれた軍馬が、人間を乗せることに慣れているからかもしれない。
そうして、朝早くから出かけた。
王都を出て、街道をのんびり進んで行く。
道中、ロッテはあれこれと教えてくれた。
幾つかの村や町を通りすぎた。どの村も町も平和でのんびりしている。
そういえば、この国に来て一度も王都から出たことがなかった。それどころか、王宮から出たことがなかった。それは、これまでどの国にいても同じことだった。
どの国にいても、建物内や庭をウロウロするだけだった。だから、その国の人と接することなどまったくなかった。
それはともかく、このベシエール王国の人たちは愛想がいい。
手を上げて挨拶をしてくれたり、声をかけてくれる。
ロッテは、それに可愛らしい笑顔で答えている。
彼女は、よく遠乗りに行くらしい。
だから、どの町や村にも顔見知りの人たちがいるみたい。
うしろに親衛隊の隊員を引き連れ、馬上おしゃべりをしながら目的地へと向かった。
牧場じたいがひとつの村になっていて、村人全員が牧場の運営や管理を行っている。
近隣だけでなく、国内のいたるところから人々が訪れている。その盛況さと賑わいに驚いてしまった。
ロッテは、その牧場の常連らしい。というよりかは、シャリエ公爵家がスポンサーになっているのだとか。
だから、いろいろと体験させてもらった。
仔牛の世話や乳搾り、牧羊犬といっしょに羊を追いまわしたり、馬の調教、チーズやヨーグルトづくりなどなど。
いままで小説やお話の中でしか知らなかった世界を堪能させてもらった。
それだけではない。楽しくてならない。楽しすぎて、ずっとここにいたいとさえ思えた。
もちろん、生活するのは厳しい。朝は早く、家畜の世話にしろ管理や経営にしろ、難しいことはわかっている。わたしに出来るわけがない。
それでも、王宮で息苦しい思いをしながらすごすよりずっといいかもしれない。
下働きでもなんでも雇ってもらえないかしら?
そんなありえないことをとりとめなく考えてしまう。
そこでふと思った。
もしかして、レイモンドもそうなのかしら、と。




