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ハードな夜のひととき

 レイモンドは、すぐ前に立ってわたしを見おろしている。二人の距離は、いままでになく近い。その彼の美貌が真剣すぎて、「だから近すぎるわよ」と指摘しにくい。


 そんな彼の美貌を見上げていると、心臓が飛び跳ね始めた。訂正。いつも以上に飛び跳ねている。彼と二人きりのとき、わずかにドキドキしている。いつもドキドキしているのである。


 だけど、いまは違う。


 心臓が口からポンと飛び出してしまいそうなほど、飛び跳ねまくっている。


 ドキドキもさることながら、どこか期待している感じもする。認めたくはないけれど。そんな感情に戸惑いもしている。


 しかし、これまで一定の距離が縮まることはなかった。


 レイモンドは「近すぎる」と怒鳴られることに怖れをなしているのか、あるいは真面目なのか、さらには手を出す気がまったくないのか、いつもだったらそれ以上距離を狭くすることはない。


 それなのに、今夜は違う。


 ドキドキは最高潮。でも、やはり今夜はこれまでとは違っている。期待よりかは、怖れが強い。


 彼の真剣すぎる表情が、わたしに怖れを抱かせている。


 何か言わなければ。いつものように「近いわ」とか「離れてよ」とか。


 頭ではそう思っている。だけど、それが口から飛び出すことはない。唇は、震えるだけで上下に開くことはない。開けることが出来ない。


 そのように混乱し始めたときには、寝台の上に押し倒されていた。


 レイモンドはわたしの両肩をがっしりつかみ、のしかかるようにして布団におさえつけてきた。


 レイ……モンド……。


 怖い……。


 真っ白な頭の中、その一語だけが浮かんでいる。


 彼の瞳にわたしが映っている。室内の淡い灯火の中、その表情は恐怖に歪んでいる。


 それを見た瞬間、なぜか持ち前の天邪鬼精神が爆発した。


「だから、近すぎるって言ってるでしょうっ!」


 叫んだのと足が動いたのが同時だった。


 医師に膝頭を小さなハンマーみたいなもので叩かれたときと同じように、足が蹴り上がっていた。


 彼のアレに向って、である。


「ふふふふっ! 甘い甘い」


 甘い・・言葉をささやいてきたレイモンドの声は、心なしか上擦っていた気がする。


「おれのアレを蹴り上げるのなら、タイミングが遅すぎる。それ以前に、押し倒された時点でアウトだ」

「なんですって?」


 自分の耳を疑った。というか、疑いたくもなるわよね?


「男と二人っきりになるな。万が一にもなったときには、スキを見せるな、作るな、悟らせるな。もしも押し倒されたら、その瞬間に蹴り上げろ。両腕の自由がきかないときは、唾を吐きかけろ」


 矢継ぎ早にアドバイスされた。


 はい?


 これってありがたいって思わないといけない、のよね?


「エリカ。さあ、立って。上履きを脱いで寝台の上に立つんだ」


 言われるままにした。


「この寝台は広いから、多少ダイナミックに動いても大丈夫だ。もしもだれかがきみに触れようとしたら、こうやって腕を払うか身を退くんだ。それから、間髪入れずに相手の足を踏む」


 レイモンドも寝台の上に上がってきて、実際にやってみせてくれた。


 たしかにこの寝台は広い。天蓋も高い。だから、大人二人が立ち上がってもまったく普通に立っていられる。


「ほら、やってみて。行くよ」


 言われるまま、彼がかかってきたので教えられたとおりにしてみた。


 そうしたら、うまく出来た。


「この前のきみのパンチ。あれはなかなかよかった。だけど、鋭さが足りない。拳を繰り出すときは、もう少しグリップをきかせる。もしくは、こうやって下から顎に向けて繰り上げるのも有効だ」


 彼は、実際にやって見せてくれた。


「きみは、格闘術のセンスはある。あとは、本能と運とタイミングだ。さあ、拳の使い方だけでは足りない。いろいろなパターンを練習しよう」


 そのときから、寝台は格闘術というよりかは護身術の練習の場となった。


 広いしクッションがきいている。倒れてもへっちゃら。バランスはとりにくいけれど。


 というか、何か違わないかしら?

 寝台って、男女や夫婦はこういう使い方をしているの?


 釈然としないまま、わたしたちのハードな夜の生活が始まった。


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