素直じゃないわね
「ロッテ、あなたのせいではありません。気にしないで下さい。おれが言いたいのは、そのゴタゴタのせいで、その、彼女とおれは、昨夜、その、何というか、正式に夫婦であることを確認しあったばかりだということなのです」
「えっ、そうなの?」
レイモンドの言葉に驚いてしまった。だからつい、それが口から出てしまった。
「エリカ。『えっ、そうなの?』って、どういう意味なんだよ」
「それが、わたしは夫婦であることを確認しあった覚えがないの」
「おいおい、いまさらそのようなことを言うのか? きみは、もともとベシエール王国の王太子に嫁ぎにフェーブル帝国あらやって来たのだろう? そうだとしたら、きみはおれの妻になる」
「ええ、そうね。わたしは、『戦利品妻』ですから。だけど、あなたから夫婦であることを確認された覚えはないわ」
「エリカ、屁理屈を言うなよ」
「レイモンド、そのままそっくり返させてもらうわ」
いまや二人とも立ち上がり、面付き合わせ、唾を飛ばし合いながら言い争っている。
「呆れたわ。二人とも素直ではないのね。まあ、時間はたっぷりあるんですもの。いずれヤルことになるのだし、口喧嘩でも殴り合いでも気のすむようにすればいいわ」
ロッテは、またクスクス笑い始めた。
レイモンドとわたしは、微妙な気持ちで彼女の可愛らしすぎる顔を見つめた。
この日は、ロッテとの衝撃的な出会いだけでなく引っ越しまでさせられた。
王太子付きの執事や侍女たちの行動は、迅速かつ的確すぎる。
わたしの荷物は、あっという間にレイモンドの主寝室に移されていた。しかも、クローゼットやチェストに整理整頓してくれていた。
とはいえ、わたし自身の荷物はそう多くはない。この国にやって来た時点では、トランク二個分だった。そして、この国に来てから偽王太子のアルフォンスに衣類や靴を嫌がらせ的にプレゼントされた。それら衣類や靴も、山のようにあるわけではない。さらには、レイモンドもまたそう多くはない。これまで将軍として前線や駐屯地にいることの多かった彼は、通常は将校服やタキシードを着まわしている。
クローゼットやチェストから、アルフォンスが身につけていたものはとっくの昔に取り払われている。そのかわりに二人分の衣類が収納されているけれど、スペースはまだまだある。
それはともかく、二人っきりの夜はいくらなんでも気まづすぎる。
「ちょっと、レイモンド。近すぎるのよ。いつも言っているでしょう?」
「近づいていない。ほら、ここの線から入っていないだろう?」
「はみ出しているわよ」
わたしたちは、ことあるごとにぶつかっている。
立っていても座っていても寝転がっていても、どうしても二人の距離感が気になる。というよりか、意識してしまう。
彼の主寝室は、控えめにいっても広い。そこに二人なのだから、充分すぎるほどの距離は保てる。
だけど、そうなると話をしようにもきこえなかったり声を張り上げないといけない。わたしの元侍女レリアのように、本殿の侍女や執事たちが聞き耳を立てるようなことはしないはず。それはわかっている。だけど、どうしても声を潜めてしまう。
毎夜、レイモンドはその日にあったことを教えてくれる。もちろん、すべてではない。わたしが関わるような事、とくに先日の偽王太子事件にまつわることは伝えてくれたり意見をきかれたりする。
そういう内容は、それでなくても噂になりやすい。とくに王宮という広いようで狭い世界では、だれにとっても噂話はある意味娯楽になる。それがどんな些細な内容でも、あっという間に広がってしまう。しかも、尾ひれ腹びれついでに背びれまでついて広がりまくってしまう。
会話に注意を払ってしまうのも、仕方がないことなのである。
そういうわけで、ささやき声が届く範囲で彼と距離を開ける。それがまた、微妙に難しいのである。




