シャルロット・シャリエ公爵夫人
わたしを教育してくれるのは、シャルロット・シャリエ公爵夫人というレディらしい。わたしのお気に入りの可愛らしい仔犬ちゃんことリュック・シャリエ副将軍の実母で、レイモンドと偽王太子アルフォンス兄弟の乳母でもある。
小説を読んで自分なりに理解しているのは、教育係とは銀縁メガネをかけていて神経質でムダに厳しい年配のレディという感じ。そして、乳母のイメージは、恰幅のいい肝っ玉母さんである。
年齢は、どちらも五十代。公爵夫人ということを考えれば、厳格かつ気位が高いのも考慮しておいた方がいい。
とりあえずはそんなことを予想しつつ、レイモンドについて彼の執務室に行った。
わたしが彼の部屋に移る云々の問題は、うやむやになってしまった。
それで結局、わたしの予想はことごとく覆されてしまった。
「ロッテ、お待たせしました」
控室に入ると、レイモンドは自分の執務室の扉を開けつつ中に呼びかけた。
「うわっ!」
扉が開いたと同時にレイモンドがふっ飛んだように見えた。実際、ふっ飛んだのかもしれない。
「あなたがエリカね」
そう尋ねられたときには、すぐ目の前に見知らぬレディがいた。そして、そう認識したときには両手をがっしりと握られていた。
「エリカ、よね?」
見知らぬレディは、わたしの名を確認してきた。
なんなの、これ?
め、めちゃくちゃ可愛いじゃない。しかも、どこかで会ったような気がする。
小説に出てくる可愛い少女もびっくりなほどの可愛いレディが、つぶらな瞳でわたしの瞳をのぞきこんでいる。
その瞳はキラキラしすぎていて、目がチカチカと瞬いているように見える。
彼女は、唖然としているわたしの両手をブンブンと音がするほど上下に振った。しかも、超高速で。そのお蔭で腕がもげてしまうか、揺さぶられすぎて脳がおかしくなってしまいそう。
「は、はい。エリカ、エリカ・デュトワです」
「ロッテ、彼女は間違っています。エリカ・ロラン。彼女は、エリカ・ロランです」
レイモンドが地味に訂正してきた。いいえ。揚げ足をとった。
「まあ、なんて可愛らしいレディかしら。きれいな黒髪、それから黒い瞳」
いえ、ロッテ。あなたの方がずっと可愛らしいです。それから、黒髪に黒い瞳は、不吉だって嫌厭されることが多いのです。
いきなり嫌味をぶちかまされたのかと思った。だけど、わたしの目をのぞきこむ彼女のブロンドの瞳は、けっしてそんないやらしいことをしているような感じはまったくない。
真面目に言っているのだとしたら、彼女はよほど変わり者か常識外れということになる。
「ロッテ、とにかく落ち着いてください。執務室に入り、座ってからゆっくり話しましょう」
レイモンドが彼女を引き剥がしてくれた。
それから、執務室に入って長椅子に腰をおろした。
「エリカ。彼女は、シャルロット・シャリエ公爵夫人。きみの教育係だ」
やはり、これがわたしの教育係というわけね。
ということは、これが仔犬ちゃんことリュックのお母様?
たしかに、可愛いところはそっくりだけど……。
それにしても、まったくそんな年齢に見えないのですが。
もしかして、不老の魔法でもかけられているの? そういうスキルがあるとか?
小柄だけどスタイルがよくて顔は可愛すぎて、しかもめちゃくちゃ若く見える。
けっして、おおげさではない。十代後半に見えるといってもいいくらいだわ。
「殿下、教育係だなんておこがましいですわ」
そう言った彼女の声も若々しい。
実際の年齢って? どう見積もっても四十代よね?
ほんとうに不可思議でならない。
隣に座る彼女の横顔を、ついつい見つめてしまう。
「王宮から去ってもうずいぶんと経ちますわ。時代遅れの教育など、エリカに必要だとは思いません。ですが、彼女の友人になれればとは思います。だって、殿下が子どもの頃からずっと想い続けているレディなのですから」
ロッテは、クスクス笑い始めた。笑い方も少女チックで可愛らしい。
おっさん笑いのわたしとは全然違うわ。
というか、彼女はレイモンドの乳母よね。だから、レイモンドの子どもの頃のことはよく知っているはず。
ということは、彼とわたしの「運命の出会い」を知っている。
そうよね。先程の彼女の言い方でも、まず知っていると考えてまず間違いないわね。




