まったくもう、あなたって何様なのよ?
「エリカ、考えてもみろよ。きみとおれは、れっきとした夫婦だ。まぁ、王太子を気取ったアルフォンスはきみとは別々の部屋にしたみたいだけどね。それについては、彼のイカれたプライドのお蔭で助かったと言わざるを得ないけれど」
レイモンドは、わたしから視線をそらすと小さく咳ばらいをした。
ムダにカッコなんてつけて。意味がわからないわ。
「とにかく、夫婦であるおれたちが別々の部屋というのは不自然だと思わないかい?」
「なるほどね。王太子としての面子、というわけね。わたしがあなたに夢中だということを、王宮中の人たちに知らしめたいのね。もしくは、王太子と王太子妃はぜったいに同室でなければならないという因習があるのかしら。いずれにせよ、とくにいまあなたは、王太子であることを宣伝しまくらないといけないですものね。不自然を自然に矯正すべきというわけね」
そうよね。彼には王太子としての面子がある。
新婚なのに別々の部屋だったら、王太子としてだけでなく男としても情けないわよね。
「違うっ! そんな理由ではない」
何よ、いきなり怒鳴ったりして。鼓膜がジンジンするじゃない。
人間って真実を突きつけられたらたいてい怒鳴り散らすものだけど、彼もわかりやすいわよね。
だけど、そんなに怒り狂わなくてもいいじゃない。
「では、なんなの? どういう理由なのかしら?」
冷静に尋ねてみた。
「それは……」
彼は、急に口ごもった。
大廊下の大きな窓から、真昼の強烈な陽射しが射し込んでいる。その陽射しを直撃しているから、彼の美貌に大粒の汗が幾つも浮かんでは流れ落ちていく。
「と、とにかくだ、エリカ。今夜からおれの部屋に来るんだ。いいや、来い」
強烈な陽射しの中、彼の美貌は真っ赤になっている。
暑いわよね。だって、窓がなくて陽射しがあたっていないわたしでも暑いんですもの。
「『来い』ですって? なによ、エラそうに。いったい何様? そうだったわね。漂流、もとい『流浪の貴公子』と異名を持つ将軍にして王太子だったわね。わかったわよ。しょせん、わたしは『戦利品妻』にすぎない存在ですものね。おおせのままに従います」
「とにかく、シャリエ公爵夫人が待っている」
彼は、わたしの嫌味にやり返してこなかった。そう吐き捨て、踵を返してさっさと歩き始めた。
そのスラリとした背中を見つつ、お礼を言えなかったというよりかはお礼を言わなかったことに気がついた。
まったくもう。わたしったら、どうしてお礼のひとつも言えないのかしらね。
強烈な陽射しと混じり合い、大きな溜息が大理石の床に落ちて行った。
これまでたらいまわしにされた国で、一度たりとも教育係に出会ったことがなかった。そういう存在は、小説やお話の中だけのものかと思っていた。
偽王太子アルフォンスもまた、妻であるはずのわたしに教育係の存在をにおわせることすらなかった。
もっとも、アルフォンスには初対面で「『戦利品妻』を愛するようなことはない」などと、しかつめらしい表情で宣言されたくらいだから、そもそもわたしを教育する概念がなかったのかもしれないけれど。
アルフォンスだけではない。他の国の王や皇帝や王太子や皇太子たちも同様にわたしを教育しようなどという意思はまったくなかった。
わたしなんかこそ、バンバン教育する必要があるはずなのに。
もしもどこかでレディとしての教育を受けていたら、もっとまともに生きていけたのかしら? もっとまともに扱ってくれたのかしら?
あー、ダメね。
まともな生活や扱いをされないのは、教育をされなかったせいではないわね。
わたしの性格のなせる業に決まっている。
それはともかく、妃教育なるものが実際にあるなどと、とりあえず驚いてしまった。
そして、それをこのわたしが実際に受けるという。さらに驚いてしまったのはいうまでもない。




