ムカつく侍女と侍女長にざまぁを
わおっ! 今度は嘘泣き?
ちょっと注意というかアドバイスしただけで、フツーは泣くわけないわよね。
あれだけやさしく言ったのよ。それなのに、いかにも傷つけられましたという感じだわ。
悪女ぶってはいるけれど、意地悪でクソみたいなレリアを泣かすようなことはしないわ。するだけムダだから。その時間がもったいない。
嘘泣きってバレバレなのにね。それでわたしが反省するとでも? あるいはやさしくなるとでも?
甘い甘い。ほんと、イヤな女よね。
心の中で溜息をついた瞬間、部屋の扉が叩かれた。
嘘泣き中のレリアに開けてもらおうかと思ったけれど、これ以上面倒くさいことになるのは勘弁してほしい。
だから、走っていって自分で開けた。
扉の向こうにいるのは、侍女長のアメリー・コメットだった。
彼女は、もう何十年もこの王宮を牛耳っている大ボスみたいな貫禄がある。いまも、凄まじい圧でわたしをビビらせようとしている。
ここに来たばかりの頃、それまでの気弱人生を克服しようと悪女になることを決意した。
そして、即実践した。当然、いまもそれは継続中。つねに悪女であろうと努力し続けている。だけど、コメットのこの貫禄と圧は、いまだに慣れることが出来ない。
彼女は、わたしごしにレリアが泣いているのを認めた。
「侍女長」
すると、レリアが泣き声で言った。
ああ、なるほど。二人はグルなわけね。レリアが主に虐められる気の毒な侍女を演じはじめたら、その上司がしゃしゃり出て来てわたしをとっちめようというわけなのね。
「エリカ、いえ、妃殿下」
侍女長は、わざと間違えて言い直した。
面倒くさいわね。ほんとうに面倒くさい。
「なにかしら? わたしはいま、すごくお腹が減っているの。ここでは妃殿下の分の食事はないみたいだから、狩猟か収穫かしに行きたいのよ」
自分では最高といえる笑みを浮かべて言ってみた。
「王太子殿下がお見えで……」
「エリカ」
侍女長が最後まで言いきるまでに、その彼女をおしのけるようにしてレイモンドが現れた。
彼は、あいかわらず腹立たしいほど美しい。
レイモンドは、わたしの前に立った。そして、侍女長と同じようにわたしごしにレリアを見た。
「レイモ、殿下」
あぶないあぶない。
彼のことを、もう少しでレイモンドと呼んでしまうところだったわ。
彼は一応王太子で、わたしは一応彼の妻、のはず。
だから、呼称など人前ではちゃんとしなくてはいけない。
「きみは、このまえ妻の洗濯籠をぶん投げていた侍女だな? きみは、彼女がだれか知っているのか? ああ、何も答えなくていい。嫌味を言いたかっただけだから。それと、ついでにおれがだれか知っているのか? くどいようだが、何も答えなくていい。もう一度嫌味をぶちかましたかっただけだから。わざわざ彼女やおれの身分、それから名を告げる必要はないだろう? 侍女長、あなたもだ」
レイモンドは、レリアから侍女長へ視線を移した。
「いや、言い訳や謝罪はいい。たったいま、彼女はおれの部屋へ移る。彼女のことは、仕事の出来る本殿の侍女にすべてを引き継いでもらう。彼女の荷物の移動も含めてな。いいや。引き継ぐ必要もないな。なにせ彼女の手助けをいっさいしていないようだから。彼女の洗濯物を駕籠ごとぶん投げる以外はな」
レイモンド……。
彼のことを、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見直したかも。
「エリカ。先日、シャリエ公爵子息が言っていたことを覚えているかい?」
シャリエ公爵子息? だれだったかしら。
ああ、そうだったわね。仔犬ちゃんのことね。リュック・シャリエという名だった。
ベシエール王国軍の副将軍であり、王太子の片腕。可愛いらしすぎるリュックのことね。
「シャリエ公爵夫人がお待ちかねだ」
「シャリエ公爵夫人?」
わたしではなく、侍女長が叫んだ。
「そうだよ、侍女長。当然だろう? わが妻は、近い将来王妃になる。教育が必要だ。それと、たるみきっている王宮の使用人たちの再教育が必要でもある。本来、侍女たちに教え、指導すべきあなたがそれを怠っているからね。というわけで、あなたも教育が必要なようだから、その心づもりしていて欲しい。さあ、エリカ。本殿へ行こう」
結局、わたしは一言も口をきくこともなくレイモンドに従った。
唖然としているレリアと侍女長を残して。
ちょっとだけスカッとしたわ。
そして、ちょっとだけ感謝したくなったわ。
レイモンドにね。




