仔犬ちゃんまでわたしのことを怖れているの?
「二人とも、落ち着いてください。ぼくらはいま、美味い料理を堪能してしあわせな気分に浸っているところなのです。仲良くしましょう」
リュックは、わたしたちの間にすばやく割り込んできた。
ごめんなさいね、仔犬ちゃん。この偏屈で傲慢でイヤーな王太子の為に気苦労をかけて。
きっと、軍の中でも気苦労が絶えないわよね。
心の中で謝罪しておいた。
「エリカは、あまりにもかわっていないからな。子どものときのままだ。偏屈で傲慢でイヤーなレディのまま、だよ。つまり、まーったく成長していないわけだ。リュック、おまえだって彼女が怖すぎてビービー泣いていたじゃないか。彼女が滞在している間、ずっと隠れてブルブル震えていただろう?」
「なんですって?」
レイモンドの嘲笑に、わたしの驚きの声がかぶった。
「え、ええ、まぁ」
「はいいいいいい?」
しかも、リュックがレイモンドの問いを肯定した。
リュックが言いにくそうに説明してくれた。
彼の実母は、レイモンドと偽王太子アルフォンスの乳母らしい。彼は、乳母子にあたる。レイモンドとは、同年齢ともあって大親友らしい。偽王太子のアルフォンスはレイモンドの兄だけれども、彼自身はレイモンドと気が合い、レイモンドも彼とつるみたがった。
子どもの頃、わたしはこのベシエール王国を訪れたことがある。残念ながら、わたし自身は覚えてはいない。父と訪れたらしい。その訪問の際、リュックはわたしがレイモンドとアルフォンスにやさしくしているところを目撃し、たいそう感銘を受けたとか。
彼は遠いところから、わたしのことを「憧れのレディ」的に見つめていた。恥ずかしがり屋の彼は、けっしてわたしと対面することはなく、発見されないよう隠れていたという。
なんてことなの……。
リュックは大人になったいまでも可愛い仔犬ちゃんなのに、子どものときならもっと可愛かったわよね。
そんな可愛い仔犬ちゃんをどうこうするほど、わたしは偏屈でも傲慢でもイヤーなレディでもない。そのはずよ。
そのときの記憶がないだけに、どうもモヤモヤしてしまう。そして、イライラもしてしまう。
「まぁ、ある意味では彼女がかわっていなくてよかったのかもしれないな。おれたちが素敵な紳士にかわったのだということが、はっきりわかったのだから」
レイモンド。あなた言うことが、いちいちムカつくのよ。
彼を睨みつけたけど、どこ吹く風であらぬ方向を見つめている。
覚えていなさいよ。あとでとっちめてやる。
そうね。先程は拳をくれて失敗したけれど、今度は蹴りでも食らわせようかしら。
そう心に誓った。
その後、諍いはおいておいて、真面目な話をした。
偽王太子アルフォンスの反逆の件は、内々に断罪されるらしい。幽閉後、極秘に自害させる予定だとか。
これは、内外を問わずムダな混乱や猜疑や扇動を避ける為らしい。
アルフォンスは急死、王太子の地位はレイモンドが継承する。退位させられた国王は、国王の座に復帰する。
アルフォンスに与していた宰相のマチアス・バルリエは、厳しい詮議の際に関与は認めはした。しかし、アルフォンスに脅されやむなくと頑なに言い張っているとか。
宰相派の官僚や貴族は多い。こちらもいますぐどうのこうのすれば、どういう事態を招くかわからない。
宰相はその地位を退かせて領地に追い払い、バルリエ公爵家はその嗣子に継がせる。嗣子は、たいそう無能らしい。その為、バルリエ公爵家の爵位を剥奪する機会はすぐにでもやって来る。爵位を剥奪さえすれば、宰相派の面々も勢いを失う。
わたしの祖国であるドワイヤン公国に駐留しているベシエール王国軍にも、宰相派の将兵がいる。もともとレイモンドとリュックは、そういう将兵や雇われ暗殺者たちに狙われた。だからこそ、そういう連中の罠にはまって捕えられたり、逃げださねばならなかったのである。
それも、とりあえずは国王の命によって排除する予定だとか。
レイモンドの側近と国王直属の隊が、すでに王都を進発している。到着しだい、反逆者たちは拘束の上王都へ送還される。




