レイモンドってこんなだっけ?
ローテーブルは、食事をするには低すぎる。
執務机上にはいろいろな物が雑然と並んでいて、大量の書類が積み重ねられている。それらをどかせ、そこに食事を並べた。
ありがたいことに、執務机はムダに広い。
ごった煮やパンやチーズを余裕で並べることが出来た。
「美味そう」
仔犬ちゃんことリュックは、顔や背丈が可愛いすぎる。それだけでなく、性格もめちゃくちゃ可愛い。
彼はわたしの作った料理を見て、つぶらな瞳を輝かせてつぶやいた。
「いただきます」
三人で手を合わせ、すべての人や物、ついでに神に感謝をする。
それから、一心不乱に食べ始めた。
執務机を囲み、立食している。
自分でも「こんな食べ方ってどうなの?」って恥ずかしいくらいガツガツと食べている。食べながら、レイモンドとリュックに視線をそっと走らせた。
さすがは若い男性よね。惚れ惚れするほど豪快に食べている。
若い男性というよりかは、軍人だからかしら? 体を動かす分、食欲があるのね。
これまで「戦利品」としてたらいまわしにされたところでは、貴族子息にしろ王子や皇子にしろ、たいていマズそうに食事をしていた。
運動のひとつもせずに飽食状態である為、ブヨブヨしていたり血色が悪かったりと不健康そのものだった。
ありがたいことに「戦利品」であるわたしは、彼らと食事をともにすることはなかった。彼らが食事をするところを、なにかの機会に見かける程度だった。
いずれにせよ、彼らといっしょに食事をするなんて勘弁してもらいたいけど。
食事は、料理や食材を作ってくれた人や絶たれた命に感謝し、美味しく味わい楽しんで食べるべきではないかしら。
とはいえ、わたし自身いつも飢餓状態なので、余裕などなくガツガツ食べてしまうけれど。楽しみながら食事が出来ればいいのだけれど。そんな心の余裕を持ちたいものよね。
それはともかく、いまもあっという間に食べ終った。
一言も口をきくことなく食べ尽くした。
わたしだけではない。レイモンドとリュックも同様である。
レイモンドや国王陛下とトマトやパステークを食べた以外で、まともな食事をだれかといっしょにした記憶がない。
夫だと思い込んでいた偽王太子アルフォンスとも、食事をともにしたことがなかったし。
「ごちそうさまでした」
食事の最後に手を合わせ、感謝を伝えたのも三人同時だった。
「妃殿下、美味かったです。ぼくの好みの味でしたし、なにより愛情がこもっていました」
仔犬ちゃん……。可愛すぎるわ。
このままスカートのポケットに入れ、部屋に持って帰ってもいいかしら?
「おいおい、リュック。いくらなんでも、それは褒めすぎだろう。もともとの食材の質がいいんだ。あとは、野菜くずと骨のスープに全部ぶち込んで塩コショウで味付けするだけ。それを好みの味だとか愛情がこもっているとか、おべんちゃらだとバレバレだぞ」
レイモンド。こいつ……。
なんなのよ、いったい。わたしが彼の正体を知るまでは、あんなに紳士だったのに。
いまの彼は、まるで子どもだわ。女の子に嫌がらせをしたり悪口を言ったりする、子どもね。
ダメよ、わたし。落ち着きなさい。いちいち目くじら立ててぶっ飛ばしていたら、拳がどうにかなってしまう。
実際、森の中の隠れ家の前で彼の顔面をぶん殴ったとき、拳が痛くなったし。
小さく深呼吸をした。頭を冷やす為に。
そこでふと気がついた。
彼は調理が出来るんだ、と。少なくとも、野菜とベーコンのごった煮の調理法は知っているのだと。
厨房で「おれが作る」と言っていたのは、まんざら売り言葉に買い言葉的なものではなかったのね。
そこまで考えると、少しは落ち着いた。気がする。
「わたしの料理は、王太子の地位をまんまと奪われた本物の王太子殿下のお口には合わなかったようですね。それはそれは申し訳ございませんでした」
隣に立つ彼の美貌に唾がかかる勢いで丁寧に謝罪した。
「エリカ、なんだって?」
彼が体ごとこちらに向き直る。もちろん、わたしも体ごと彼に向く。
バチバチと音を立て、火花が飛び散り始めているかしら。




