厨房でかくれんぼ
「ほら、やはりいない。だいたい料理やスイーツを作るわけでもないのに、厨房にいる理由がないですよね」
「おまえは彼女のことを知らないからだ。きまっているだろう? 彼女、食いしん坊なんだ。というよりか、つねに飢えている。だから、厨房に忍び込んでは食い物を奪っていく。覚えているか? 昔、森の中の例の隠れ家で、作物を育てていただろう?」
「ええ、もちろん。トマトやパステークなど、美味かったですよね」
「子どもの頃、あれだって食い尽くされたんだ。大人になってからも同じさ。まるでいなごだ。大量に飛翔して来て、すべてを食い尽くすってやつ」
「ちょっと、いい加減なことを言わないでちょうだい」
あまりの誹謗中傷に、立ち上がって怒鳴り散らしてしまった。
「ほーら、見ろ。やはり、ここにいただろう?」
「え、ええ」
エラそうに腕組みをしているレイモンドと仔犬のリュックが、調理台を幾つもはさんだ向こう側に立っている。
腹立たしいことに、レイモンドの美貌には勝ち誇った表情が浮かんでいるじゃない。
二人とも、森の中で別れたときのまま将校服姿である。距離があるにもかかわらず、美貌と可愛い顔は疲労がにじみでているのがわかる。
「エリカ。きみの部屋に行ったら、きみの侍女がきみの部屋で暴れていたよ」
「なんですって? 侍女が暴れている?」
「ああ。洗濯籠をぶん投げていた」
いますぐ走っていって、レリアをぶん投げてやりたいわ。
「そう。彼女、わたしに似て豪快なのよ。ぶん投げるって、斬新な掃除方法でしょう? 彼女、侍女としては最高よ。だからお腹が減ったらこうして厨房に足を運んで食べ物を物色し、いなごのごとくすべてを食らい尽くさないといけないの」
ふん。これでどうよ。
「なるほど。リュック、いまのをきいたか? 彼女、やさしいだろう? へっぽこ侍女をかばったり、負担をかけたりしないのだから」
ムカつくわ。
レイモンド。あなた、わたしにケンカ売っているわよね?
子どもの頃、ちょっとトラブルがあったからって、いまさらこんなに虐めたりする?
だいたい、子どもの頃のトラブルって時効じゃない。
「ここにはへっぽこ侍女しかいないから、いちいち目くじら立ててもキリがないのよ。それで? 何か用事かしら」
「偽王太子のせいだな、それは。あー、なんだか厨房に来たら腹が減ってきた。リュック、おまえは?」
「え、ええ。ぼくも減っています」
「ちょっと、なんなのよ? わたしに作れというわけ? 食いしん坊で飢えまくって盗人猛々しいわたしが、将軍閣下と副将軍閣下の為に作らないといけないわけ?」
「妃殿下。それはぼくが……」
「いや、リュック。おれがやる。彼女、生食専門だから料理は作れないだろうからな」
「生食専門ですって? 全部が全部生で食べるわけないでしょう。それに、わたしは調理するのは得意なのよ。いままで、自分のことはある程度自分でやってきているから。ほら、何をしているの。さっさと料理に使える食材を探してちょうだい」
あれ? もしかして、レイモンドにまんまとのせられた?
気がついたけど、まぁいいわと気を取り直した。
美味しい料理を作って彼をぎゃふんと言わせる方が、よほど気持ちがいいはずだから。
かくして、見つけ出した食材を使い、ちょちょいのちょいで作った。
とはいえ、見つけたのが根菜や葉物の野菜とベーコンだったから、単純にごった煮にした。それに、硬くなったパンとチーズを添えた。
時間をかけられないということもある。
夕食の準備は、もう間もなく始まる。料理人たちが戻って来るまでに、ここから退散しなくてはいけない。
作ってから、カートに鍋や食器類をのせ、さっさと退散した。
食材の一部分がなくなっていることはすぐにバレてしまう。
そこは、レイモンドがうまくやってくれるでしょう。
なにせ、彼は本物の王太子だから。
そして、カートを偽王太子が使っていた執務室へと運びこんだ。というよりか、本物の王太子の執務室ね。
正直なところ、レイモンドが本物の王太子であることに慣れていない。いまだに偽王太子のアルフォンスが王太子だと錯覚してしまう。
こんなこと、レイモンドには言えないけれど。




