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侍女ってなんて名前だったかしら?

「キャアッ!」


 力いっぱい扉を開けた瞬間、耳をつんざくような悲鳴が上がった。


 見ると、いまだに名前を知らない、というか名を覚える気にならない専属の侍女が、物凄い形相で立っている。


 扉に耳でもくっつけて、いつものように様子をうかがっていたのね。


 まったくもう。ちょっとは為になることをしなさいよ。


「急に扉を開けるなんて、なんですか……」

「いったい、なんなの? わたしの方が悲鳴を上げたいわ。それに、部屋の内側から扉を開けるのに許可が必要なわけ? ああ、そうね。部屋内の様子をうかがっているだれかさんに、ちゃんと知らせなきゃってやつよね?」


 彼女が口を開けたタイミングで、居丈高に言葉を叩きつけてやった。


「いえ、そのなかなか起きていらっしゃらないので……」


 彼女は、自分の方が不利であることは自覚しているのね。しどろもどろになっている。


「そうだわ。洗濯籠に洗濯物があるの。大至急、洗濯をしてちょうだい。ああ、洗うだけじゃダメよ。ちゃんと乾かし、畳んで持って来てね」


 彼女は、他の侍女と噂話や悪口ばかり言っていてろくに仕事もしていない。だから、教えてあげた。


「そ、そんなことはわかっています」


 彼女は、真っ赤になって怒鳴った。


「そう。それは悪かったわね。では、お願いね。そこをどいてちょうだい。お腹がすいているのよ。ここは完全セルフサービスだから、自分で食べ物を探しに行かないといけないの」


 わたしってば、すごいわ。こんなに嫌味をぶちかますことが出来る。


 欲を言えば、食べる物を持って来るよう彼女に命じることが出来ればいいのだけれど。


 だけど、洗濯のことを頼めたからよしにしましょう。


 一度に二つも頼んだら、彼女、混乱してしまうでしょうから。


 まったくもう。侍女のレベルまで考慮しないといけないなんて、ありえなさすぎるわね。


 何か言い返したそうな彼女に不敵な笑みを浮かべてみせた。


 そして、肩で彼女を押しのけるようにして廊下を歩きはじめた。


 あ……。


 急に閃いた。


「レリア、悪いけどお願いね」


 顔だけ振り向き、彼女に言った。


 そう。彼女の名前、レリアだった。やっと思い出したわ。


 肩で風を切るようにして、彼女の前から去った。



 宮殿内を歩いていても、いつもと様子が同じである。何の変化もない。


 王太子を偽り、国王を退位させて幽閉状態にし、本物の王太子を暗殺しようとした黒幕が捕まったというのに、まったくいつもと同じなのである。


 怠惰でダラダラな空気が流れているだけ。


 厨房に行ってみると、そこはもぬけのからだった。


 夕食の準備が始まるまでのひととき、料理人たちは思い思いにすごしている。


 前後左右を見渡し、人の気配がないことを確認してから厨房内に潜り込んだ。


 わたしって、王太子妃なのよね?


 それなのに、やっていることは飢えた野良犬みたいだわ。


 そんな情けない思いをしながらでも、厨房内を物色してまわっている。


 そうよ。図太く生きなきゃ。


 そう結論付けておく。


 いつもこのパターンね。


 そのとき、厨房の扉が開いた。


 とっさに調理台と調理台の間に隠れてしまった。


 そっと様子をうかがうと、二つの人影がチラついている。


 宮殿内にある図書室でのことをふと思い出した。


 偽王太子のアルフォンスが「頭てっぺん禿げ」の宰相と図書室に入って来て、密談しているのを盗み聞きしてしまった。


 思えば、あれもいけなかったのよね。


 わたしってば、あれもこれもいけないことばかりしていた気がする。


 後悔はともかく、まさかまた密談系?


 ついつい身構えてしまう。


 という心配より、厨房で食べ物を物色していることがバレる心配をすべきよね。


 自分で自分をバカだと思った。


「エリカ、いるんだろう?」

「まさか。妃殿下が厨房に? だとすれば、レディらしい趣味をお持ちですね」

「勘違いするな。そんな高尚なことではない。エリカッ、隠れているのはわかっているんだ。観念して出て来い」


 きいたことのある声ね。それも、図書室のときと同じだわ。


 図書室と違うのは、あとから入って来た何者かは、なぜかわたしがここにいることをわかっているということ。いいえ。それも図書室のときと同じね。厳密には、いまは確信しているのと図書室のときには推測していたというのが違うということね。


 というか、どうしてわたしがここに隠れているのだと知っているわけ?



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