王太子は照れ屋で天邪鬼?
「ああ、なるほど。妃殿下のお見事なまでの一発の原因はそれですね」
リュックの仔犬みたいにキュートすぎる顔に、キュートすぎる笑みが浮かんだ。
ダメ。やっぱり可愛らしすぎる。
「妃殿下」
彼は、一歩わたしに近づいた。それから、可愛い顔を近づけてささやいてきた。
「どうか彼を許してやって下さい。彼のあなたへの想いは本物です。ですが、想いを募らせすぎました。彼があなたに懸想しだしてから、かなりの時間が経ってしまっています。しかも、彼は生来照れ屋で天邪鬼なのです」
「やめろ、リュック。きこえているぞ」
リュックのささやき声は、ささやき声にしては大きすぎる。話題の当人だけでなく、他の将校や兵士たちにもきこえている。
とくに将校たちは、大ウケにウケている。
涙を流して笑っている。
「妃殿下、心身ともにお疲れでしょう。とりあえず、宮殿にお戻りになって風呂に入ってからお休み下さい。将軍閣下とは、それからゆっくり対話をされればよろしいかと」
リュックは、意味ありげにウインクをした。
そのときになってやっと、自分が肥料のにおいを強烈に発していることを思い出した。
庭園で使っている肥料、もとい大量のクソにまみれたアルフォンスと争ったから、わたしにもクソがついてしまっている。
すっかり忘れていたわ。
強烈なにおいも、慣れてしまって気にならないのね。
リュックの助言に従うことにした。
とりあえず、レイモンドとは休戦。
彼もいろいろと忙しでしょうから、いまは矛をおさめるとしましょう。
こうして、長い長いほんとうに長かった一夜が終った。
朝、ではないわね。目が覚めたら昼を余裕ですぎていた。
森の中の隠れ家から戻ってから、着衣を脱ぎ捨てて洗濯籠に入れ、全身を濡れタオルで拭いた。
わたしには、専属の侍女がちゃんといる。だけど、ほんとうにただいるだけ。その名ばかりの侍女に、お風呂の準備をするようお願いしてもするわけがない。準備するよう尻を叩く気力はない。という以前に、夜明け前のこの時間帯にいるわけがない。宮殿内の使用人たちの宿舎でぐっすり眠っているのだから。そもそも、一晩中わたしが部屋にいなかったということも知らないままでしょう。
結論をいうと、わたし自身風呂の準備をする気力はない。だから、タオルで体を拭くしかないわけ。
全身をタオルで拭いてから、寝台に倒れこんだ。そして、意識を失った。
目が覚めたら、とんでもなくお腹がすいていた。
それはそうよね。森の中の隠れ家で、トマトやパステークを貪り食べてから何も食べていないのだから。
目が覚めたらうつ伏せの状態だった。その状態から仰向けになった。
残念ながら、倒れてうつ伏せの状態で眠ったらしい。上履きは、脱ぎ捨てている。
えらいわ、わたし。
こんなことしか褒めるところがないから褒めておく。
あー、だるい。でも、お腹はすいている。
食料を得るには、起き上がって部屋から出て厨房に行かなければならない。
料理長のダミアンは、食べる物を融通してくれるかしら。
つい先日、わたしに食べ物を融通していることがバレそうだからもうムリだ、みたいなことを宣告された。
だけど、融通してくれなければ死んでしまうわ。
昼食の時間が終わり、彼らも休憩に入っているかもしれない。
盗む? いいえ。それは、表現が悪いわね。厨房のどこかに落ちているであろう食材を拾いに行こう。
これよ、これ。
もっとも、いまが昼すぎならのことだけど。
起き上がり、仕立て直したシャツとスカートを着用した。
王太子を騙りまくったアルフォンスからの贈り物である。
残念だけど、贈られたすべての衣服が大きすぎた。それから、わたしの好みからかけ離れすぎていた。
仕方がないので、まだマシなものを着用出来るようにお直しした。
シャツとスカートを着用してから、髪に触れた。
間違いなくボサボサよね。
短かった黒髪が伸びてきている。そろそろ自分で切ろうかしら。
鏡を見るのも面倒なので、そのまま愛用のぺったん靴だけひっかけて部屋を出ることにした。




