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「戦利品妻」は、しあわせを予感する

 レイと彼の親衛隊たちは、また駐留地に戻らないといけないらしい。


 今回の騒動は、エド、じゃなかった、国王がその座に返り咲いて収めるらしい。


「兄がきみに『愛せない』って言ったのは、彼なりに意地や自信があったんだろうな。きみが彼に惚れる、という自信がね。わざとつれなくしてきみに興味を持ってもらい、きみをものにしたかったわけだ。そして、おれに『ざまぁみろ』って勝ち誇るつもりだった」

「おあいにく様ね。だいたい、ミステリー小説の犯人をバラすなんて、人間ひととしてどうよって言いたいわ」


 すっかり静けさを取り戻したバラ園で、わたしたちはベンチに並んで座っている。当然、二人の間に距離がある。


 つまり、ベンチの端と端に腰をかけているわけ。


 彼は、わたしに叱られることを怖れて距離を開けているに違いない。


「きみに散々蔑ろにされてから、おれは強い男になろうと決めた。だから、すぐに剣を習い始めて軍の幼年学校に入学したんだ。将来、きみを娶り、きみを守ろう。子ども心にそう誓ったわけだ」

「かわっているわね。フツー、自分のことを蔑ろにする女の子を好きになったりする?あなたたち、そっちの趣味でもあるわけ?」

「ただ単純にかわっていたんだろう。兄もおなじさ。もっとも、兄はもともとかなり歪んでいる。きみへの愛も歪みまくっているがね」

「じゃあ、あなたは?」


 顔を横に向けると、レイは肩をすくめた。


「問われるまでもないね。子どものときから、きみに対する気持ちはかわっていない。それは、兄と違って純粋な愛だ。いずれにせよ、きみはすでにベシエール王国の王太子、つまりおれの妻だ。だから、どこにもやらないし逃しやしない。どれだけ時間がかかろうと、おれはきみを心身ともに奪ってみせる。『氷竜の貴公子』、という異名に恥じないようにね」

「あなたも歪んでいるわ、レイ。わたしみたいな女、どこがいいのかしらね」

「きみは、充分魅力的さ。気の強いところなんか特にね。おれが駐留地に行っている間に、王宮の侍女たちを教育しなおしてくれ。きみなら余裕で出来るはずだから」

「悪女のふりは、もうお終いよ」


 思わず、笑ってしまった。


「エリカ、いまからマジメな話をする。もしかすると、きみの母上と兄上が生きているかもしれない。父上のことは、残念だが……。いま、腹心の部下に捜索させている。兄上が生きていれば、そのまますべてを返すつもりだ。もちろん、おれの部下と軍の一部を残すし、政治的にも補佐出来るよう人材を募ったりこちらから派遣をする」

「なんですって?お母様とお兄様が生きているの?まぁ、期待はしないでおくわ。だけど、そこまでしてくれてありがとう」


 ほんとうにそうならうれしいなんてものじゃないわ。


 期待のしすぎは禁物だけど、レイの言うことだったらすこしは信じられるし、希望を持ってもいいかもしれない。


「さて、夜が明けたら出発する」


 レイは、ベンチから立ち上がった。


 そうね。駐留軍には、まだ「頭てっぺん禿げ」の息のかかった将校や暗殺者たちがいる。

 彼や彼の親衛隊の兵士たちは、早急に戻って対処しなくてはならない。


「エリカ、独りで大丈夫かい?」

「どこの国や場所で、伊達に『戦利品妻』をし続けていたわけじゃないわ。独りでだって、どんな環境でだって、しぶとくやっていける。やっていく自信はある」

「それももう間もなく終わる。もう二度ときみを独りぼっちにはしない。心細い思いはさせない。それから、だれにもきみを傷つけさせない。その上で、美味いトマトとパステークを食べ続けてもらうよ」

「レイ。いくらわたしでも、おなじ物を食べ続けるっていうのはどうかしら?」

「じゃあ、ズッキーニやパプリカも加えよう」

「それで手を打つわ」


 たぶんレイだったら大丈夫。


 彼だったら、わたしを裏切らない。


 彼だったら、ついて行ける。


 彼だったら、いっしょにいたい。


 月明かりがまぶしいくらいだわ。


 彼の憎らしいほど美しい顔に、ドキッとするほどやさしい笑みが浮かんでいる。それは、頭上の月よりもやわらかくって慈愛に満ちている。


「レイ、夜明けまでまだ時間はあるわ」


 背を向けようとした彼を呼び止めた。


 彼は、わたしに声をかけられるのを待っていたかのように振り返った。


 その期待に満ち満ちた表情は、まるで好きな物をもらうときの子どもみたい。


「隣に座って」


 そう誘うと、彼はわたしの横に意気揚々と腰かけた。


「レイ、目を閉じて」


 彼の左耳に唇を近づけてささやいた。


 小説風に表現すると、甘くセクシーなささやき、かしら。


「あなたもこのミステリー小説を読んでいるわよね?あの屋敷の地下室の本棚に、五巻と最終巻が置いてあったもの。犯人を教えてあげる」


 さらにささやいた。


 バラ園に戻ってくると、本は地面に落ちたままになっていた。


「やめてくれ」

「いいえ、やめないわ。なにせ、わたしは「戦利品妻」で強くて悪い女だから」


 レイの懇願なんてきいてやるものですか。


 彼の耳に、犯人の名をささやいてやった。



                                 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] な、なんてわるいやつなんだー!!ミステリーの犯人を教えるなんて(笑) なんたる悪女…!! [一言] 思ったより主人公が悲観的でなくタフでポジティブなのがよかったです。
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