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わたし、死んでしまうのね?

「そんな目で見るな。おまえもあいつとおなじだ。あいつとおなじ目でおれを見るんじゃない」


 左手首を握る手にさらに力がこもりはじめた。同時に、ふさがれていた口から手が離れた。


 王太子こいつもわたしも暗がりに目が慣れている。それに、顔の距離が近すぎる。


 瞳と瞳がバッチリ合っている。


『近すぎるわ』


 レイにだったら叱れるのに……。


 いまはそんなこと言えるわけもない。


「何を言っているのよ、このすっとこどっこい!」 


 そのかわり、なぜかそんな言葉が飛び出していた。せっかく言葉を発することが出来たのに、飛び出てきたのがそれだった。


『近すぎるわ』


 この言葉は、大切な言葉のような気がする。


 レイとの間の、いいえ、レイにだけ言いたい、穢したくない言葉……。


「うるさい、うるさい、うるさい。あいつの味方をするおまえなど、殺してやる。おれを愛さず、あいつを愛するおまえなど、こうしてやる」

「はあああ?何を寝とぼけたことを言っている……」


 最後まで言えなかった。


 なぜなら、王太子かれの左手がわたしの首を握ったかと思うとそのまま握りしめはじめたからである。


 その万力のような力に、あっという間に意識が飛んでしまいそうになる。


 あいつ……。


 飛んでしまいそうな意識の中、王太子が何度も口に出している「あいつ」というのがレイのことだと確信した。


 レイ、助けて……。


 レイの美貌が、やさしい表情が、やわらかい笑みが、頭の中に浮かんでは消えてゆく。


「あいつのどこがいい?どうしておれじゃダメなんだ?いつだってそうだ。いつだって、だれだって、あいつがいいんだ。あいつじゃなきゃダメなんだ。あいつが、あいつがいるから、おれは……」


 目がかすんできた。そのかすんだ目でも、王太子の美しい顔に浮かんでいる狂気じみた笑みが浮かんでいるのが、暗がりの中でもはっきりとわかる。


 狂っている。精神こころが崩壊している。


 こんな状態の彼に、何を言ってもきいてくれるわけがない。届くわけがない。


 いよいよおしまいね。


 不本意だけど、「戦利品妻」としての役割もこれで終わりを迎えるのね。


 それはそれで仕方がない。だけど、心残りがある。


 レイに会えないこと。彼に会ってバスケットを返せなかったこと。


 バスケットを直接返し、「あなたに会いたいんじゃないわよ。借りているバスケットを直接返したかったの」と言ってやりたい。


 だって、わたしは悪女なんですもの。


 他者を信じたり頼ったりしない。孤独な悪女なんだから。


 そして、ぜったいに他者を愛さない、他者から愛されない寂しい「戦利品妻」なんだから。


 レイ。だから、あなたに会いたいんじゃない。


 苦しかったのが、じょじょに気持ちよくなってくる。


 これってもしかして、ミステリー小説に出てくる首を絞められているときとかに恍惚とする、というような感覚よね。


 いよいよ死んでしまうのよ。


 これまでずっと、どんな状況でも生きてさえいればって思っていた。だけれども、それもかなわないみたい。


 瞼を閉じた。


 どうせもう、はっきりと目が見えないんだから。


「この野郎っ!エリの上からどけっ」


 突然、怒声が耳に飛び込んできた。


 急に体が軽くなった。首や手首にかかっていた圧がなくなった。


「ドサッ」

「ガッ」


 そんな音がきこえてもきた。


 とりあえず、瞼を開けてみた。


 地下室の板張りの天井は傷んだりしておらず、まともだと思った。


 どこかからかうめき声がきこえてくる。


 上半身を起こそうとしてみたけど、体が動かない。指の一本すら動かすことが出来ない。


 情けないけど、恐怖と痛みとで頭も体もかたまってしまっているみたい。


「エリッ、エリッ!エリッ、大丈夫か?」


 わたしを呼ぶその声に、きき覚えがある。


 いいえ。一番ききたい声である。


 そのききたかった声で呼ばれたことじたいが驚きである。


 顔が動かないのでせめて視線だけでもとを動かそうとした瞬間、上半身を抱き上げられた。


 ゆっくりやさしく、壊れ物でも扱うような、そんな丁寧さで。


「レイ?」


 そう発声したつもりだったけど、かすれた声しか出なかった。


 会いたいと切望していたレイの美貌が、わたしを見下ろしている。


 彼の目から涙がこぼれ落ち、わたしの頬を濡らした。


 自分の視覚と聴覚が信じられない。


 そもそも、今夜起こっていることのすべてが小説の中の出来事としか思いようがない。


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