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地下室

「エド、独りぼっちは慣れています。だから、心配せずに戻って下さい。地下室でおとなしく待っています」

「エリ……」


 彼は、何か言いかけてやめてしまった。


「エド、早く戻った方がいいんでしょう?」

「あ、ああ。そうだな」


 屋敷内に入ってから、彼に向き直った。


 彼が大扉を閉めようとするタイミングで、安心させようと笑顔を作った。


「ところで、トイレは?」

「ああ、そうだな」


 彼も笑った。


 月明かりの中、彼の日焼けした顔で白い歯が目立っている。


「地下室への階段より奥にある」

「それをきいて安心したわ」

「エリ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 大扉が閉じられた。


「エド、助けてくれてありがとう」


 あらためてお礼を言ったけど、きこえなかったのかしら。


 彼からの返事はなかった。


 トイレをすませ、地下室へと降りて行った。



 ロウソクとロウソク立ては、すぐに見つかった。なぜなら、地下室の扉を開けたすぐ脇の棚に置いてあったからである。

 当然、マッチも置いてある。


 ロウソクを灯し、ロウソク立てを顔の前に掲げてみた。


 想像していたのとは、いい意味で違っている。


 まず、地下室は広い。それから、ちゃんと生活が出来るだけの家具や備品が置いてある。それだけじゃない。缶詰や瓶詰の飲料水まで準備してある。


 室内を見まわすと、換気の為の通気口まであるのには驚いてしまった。


 大人一人が充分寝転ぶことの出来る寝台と机と椅子、小さな本棚にクローゼットまである。

 本棚には、小説が数十冊並んでいる。


 あきらかに生活出来る空間。つまり、レイはこの地下室で生活しているのだ。


 ロウソクも余分に準備してある。もったいない。明るくしておく必要はない。そう思ったけど、結局ロウソクは灯しておくことにした。


 何かあった際、すぐに動きたいから。というのは、言い訳ね。


 さすがに真っ暗だと怖いし不安になるから、よね。


 王太子とやりあい、エドといっしょに逃げ、隠れ家に潜んでいる。


 これまでの「戦利品」生活の中で、一番刺激的でスリリングな体験だわ。


 今夜は、とてもじゃないけど眠れそうにないわね。


 というわけで、本棚の本を読むことにした。


 自分が持ち出した本は、バラ園のベンチの上やその辺りの地面に置き忘れ去られている。


 それらの本に、エドが王太子からわたしを逃がす為に放ってきた肥料がついていないといいんだけど。


 図書室に戻せなくなってしまう。


 そんなことをかんがえながら、本棚に並ぶ本の背表紙を順に見ている。


 ふと目についたのが、シリーズ物の一冊。唐突に三巻だけある。それだけじゃない。よく見ると、中巻だけとか下巻だけとか、一巻だけとか三巻だけとか、シリーズ物なのに中途半端な本がすくなくない。


 どうしてそういうことがわかるのかというと、図書室の本棚もそうだから。


 続きを読みたいのにないとか、途中の巻だけが抜けているとか、腹立たしい思いをすることがある。


 そのことに気がつき、愕然とした。


 ここにあるからじゃない。


 だから、わたしが借りれなかった。


 よく見ると、先程非常識すぎる王太子に犯人をばらされたミステリー小説の五巻もある。

 いやだわ。四巻までじゃなかったのね。


 ばらされたことを思い出すと、怒りがぶり返した。まったくもう、平気で犯人をばらすなんて信じられない。どうかしているわ。


 これでもう、このミステリー小説を読む楽しみが半減してしまった。


 それにしても、ここにこれだけの小説があるというということは……。


 レイが持ち出したということ?


「レイ。あなた、いったい何者なの?」


 声に出していた。レイにきこえるわけもないのに、そう声に出して尋ねていた。


 とりあえず続きが気になって仕方ない小説を手に取り、寝台の上に寝転んだ。


 寝台は、木製である。木の温かみと、寝具のやわらかさを感じる。


 レイもおなじように寝転がって本を読んでいるのね。


 その姿が、脳裏にくっきり浮かんでくる。


 彼には一度しか会っていない。すくなくとも、起きている状態で彼と会ったのは一度きりである。

 彼は、わたしの寝姿を見ているけれど。


 一度しか会っていないのに、どうしてか彼の顔のパーツの細かいところまではっきりと覚えている。


 彼の顔が美しすぎて、見惚れていたのかしらね?


 本を開け、目で文字を追う。


 欠伸が出た。


 欠伸をすると、目尻に涙がたまった。指先で拭う。


 再び、目で文字を追いはじめた。


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