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こんなときでもトマトは美味しい

 もしかして、レイが戻ってきているかもしれない。


 淡い期待を抱いてしまう。


 だけど、その期待はすぐに裏切られてしまった。


 畑の前を通りかかろうとしたとき、エドの足が止まった。


「エリ、トマトが大好きだろう?」


 彼は横顔を見せ、そう尋ねてきた。


 いいえ。尋ねてきたのではないわ。


 確認だった。


「パステークも好きだね。あともう少し残っている。腹が減っているだろうから、食ってしまおう」


 言うなり、エドは畑へと向かった。


「エド、どういうことなんですか?」


 さすがに、彼に悪女のふりは出来ない。にわか悪女のわたしでも、そこまで悪女になるにはにわかすぎる。


「ああ、この畑の作物はわたしが作ったんだよ」


 エドは、こちらを振り向くことなく言った。


 彼は、畑に入ると手早くトマトをもぎはじめた。もいだトマトは、この前わたしが腰かけた金属製の椅子の上に並べていく。


「なるほど。って、そこじゃありません」


 彼が畑の作物を育てた。


 思わず、力いっぱい納得してしまったじゃない。


 すぐに「わたしが知りたいのはそこじゃない」って気がついてよかった。


「エド、あなたはいったい何者なのですか?」

「エリ、ほら食べなさい。パステークも切るから。とりあえず、腹ごしらえだ」


 言い返したかった。だけど、諦めた。王太子とやりあい、一応逃げてくることが出来た。


 安心した途端、お腹の虫が騒ぎはじめた。


 彼の言う通りね。


 とりあえず、お腹の虫に餌を与えないと。


 というわけで、椅子の上からトマトをつかみ、立ったままかじりついた。


「美味しい」


 美味しいことはわかっているのに、あまりの美味しさについ口から出てしまう。


 エドは、椅子の上からトマトがなくなったタイミングでパステークをどんと乗せ、それも切ってくれた。


 その赤い果肉にもかじりつくと、甘い水分が口の中に広がる。


 二人で食べまくった。


 そして、畑の作物がほとんどなくなってしまった。


 一瞬、よかったのかしら?と罪悪感を抱いてしまった。


 だけど、作った本人もいっしょになって食べていたから、まぁいいわよね。


 と、結論付けておく。


 あ……。


 ついつい、食べ物に意識が向いてしまった。


 レイは?彼は、戻ってきているの?


 レンガ造りの屋敷を見てみたが、視覚出来る窓の内側に灯りは灯っていない。


「エリ」


 エドに呼ばれた。


 その彼の声は、穏やかでやさしい。


 彼の方に体ごと向き直ると、彼はこちらに近づいて来て一定の距離を開けたところで立ち止まった。


「彼は、まだ戻ってきていない。間もなく、のはずだ。いや、もう戻ってこなくてはならない。エリ、きみが危険にさらされているのだから」

「彼って、レイのことですよね?」


 レイ以外にありえないけど、一応確認をしてみた。


「ここも危険なのだが……。宮殿よりかは、まだマシか」


 だけど、エドはわたしの確認は無視し、違うことをつぶやいた。


「あの様子では、王太子もすぐには行動出来まい。朝になるまでここで休むといい」


 彼は、わたしの横を通って屋敷へと近づいた。


 この前、レイからの手紙がはさんであって、お返しにメモをはさんでおいた大扉の前に立った。


 エドは、元は何かを模したオブジェだったであろうほとんど崩れた石膏の土台から、何かを取り出そうとしている。その隙に、大扉にはさんだままになっているわたしのメモをつかんで抜き取った。抜き取ったはいいけど、どうしようか悩んでいる間にエドがこちらに向いて近づいてきた。


 仕方なく、クシャッと丸めてポイした。


 エドに見つからないよう祈りつつ。


 彼の手にキーが握られている。そして、それを使って大扉を開けた。


「ついていたいんだが、わたしも一度戻らねばならない。奥へ向かう右側に、階段がある。地下室へと続いている。そこには、寝台や灯りがある。そこで休むといい。朝にはわたしも戻ってくる。心細いかもしれないが……」

「大丈夫です」


 心配顔のエドに、笑いかけた。


 事情がまったくわからないけれど、彼はわたしを心配してくれている。


 初対面であるにもかかわらず。


 疑ったりしてしまったけれど、いまの彼の態度に嘘はない。


 これでわたしをだましていて、じつはわたしを罠にはめようとしているというのなら、わたしの見る目がなかっただけのことである。


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