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気の毒な王太子

「とぼけるなっ!」


 いきなり、王太子に右手首と左肩をつかまれてしまった。その衝撃で、ミステリー小説が両腿の上から地面に滑り落ちてしまった。


「とぼけていないわ。わたしだって知らないんだもの」


 嘘じゃない。


「痛い目にあいたいのか?」


 彼に握られている右手首と左肩は、すでにかなりの痛みを伴っている。


「知らないものは答えようがないわ。それに、痛い目にあうのは慣れている。なにせ「戦利品妻」ですから。これまで、どこに行っても痛い目にしかあってこなかった。さあっ、やりなさいよ」


 わたしってば、いくらなんでも彼を挑発しすぎじゃないかしら?


「だったら、望みどおりにしてやる……、グワッ!」


 これはもうダメって思った瞬間、彼の顔に何かがぶつかった。一度だけではない。次から次へと何かが飛んできては彼の美貌にぶつかる。


 茶色い塊のそれが何か、においですぐにわかった。


 園芸用の肥料、つまり何かしらのクソである。


 彼の手が、右手首と左肩から同時に離れた。


 視界の隅に、麦わら帽がチラついた。その麦わら帽が森の中へと移動している。


 それを追うことにした。


 駆けだした。王太子は、顔面に付着している肥料を両手で拭おうと四苦八苦している。


 小屋の前を通過し、森に入ろうとした瞬間である。


「足元っ!ジャンプするんだ」


 その声で足元を見下ろし、それを認めた瞬間にはジャンプしていた。


 木と木の間に縄がはってある。それを飛び越えた。


「くそっ!よく見えん。ひどいにおいだ。どこだっ、どこに行った?」


 王太子が悪態をつきながら、フラフラ追いかけてくる。いまだ彼の美貌を台無しにしているクソは、大量に付着したままである。


 おそらく、彼は足元もよく見えていないはず。


 って思っている間に、彼は先程の縄に足をひっかけてしまったみたい。


 大量の茶色い塊が、王太子の頭上を襲った。


「ギャーッ」


 その凄まじいまでの彼の悲鳴に、思わず立ち止まって振り返ってしまった。


 距離があるにもかかわらず、凄い臭気が鼻を襲う。


 わたしの瞳に、茶色い塊と化し地面に倒れている王太子が映っている。


 かわいそうな王太子。


 クソまみれになってしまって、お風呂に入ってもしばらくはにおいがとれないわ。


 ほんとうお気の毒様。


 なーんて、悪女は思わないわ。


 ざまぁみろ、よね?


「こっちだ」


 そのとき、すぐ横の木と木の間からエドが出て来た。


 わたしがお礼を言おうとする前に、彼はさっさと森の奥へと駆けだした。


 もう一度振り返って「ざまぁない」王太子に一瞥をくれてから、エドの後を追った。



 すこし前を、麦わら帽がひょこひょこ動いている。


 エドについてしばらく歩いていると、彼がどこに向かっているかわかった。


 レイのレンガ造りの屋敷である。


 これで三度目である。わたしだって、そうとわかるだけの記憶力はある。


 ということは、「頭てっぺん禿げ」が言っていた内通者ってエドのこと?


 だけど、彼はついさっきわたしを助けてくれた。


 それとも、助けて安心させようとしているのかしら?信じさせて、レイのことを探ろうと?


 それは、違うわよね。


 王太子や「頭てっぺん禿げ」が知りたいのは、あくまでもレイの居場所。そして、彼を殺したいのよね。


 だったら、エド本人があの場所を彼らに教えればいいだけのことじゃない。


 何もわたしを利用するなりだますなりするような手間をかけなくっても、レイ本人をだまして誘きだすとか、あの屋敷に暗殺者を向かわせた方がはやいし手間もかからない。


 いろいろかんがえすぎてしまう。頭の中は、仮説やら推測やらでいっぱいいっぱいになっている。


 エドは、そんなわたしにお構いなしに歩き続けている。


 そして、木々が途切れて崩れかかったレンガ造りの屋敷が現れた。


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