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ヤバい女

 戦利品として戦勝国やより優位に立つ国へとたらいまわしにされるようになってから、他者に期待することも信じることも好きだと思うことも出来なくなった。


 というよりかは、他人に期待したり信じたりしないようにした。そして、嫌いだと思うようにした。そうすることで、自分の感情にふたをし、逃げることが出来た。


 それなのに、どうしてレイに対してこんな気持ちになるのかしら?


 謎だらけで怪しげでまったく知らない人だというのに、なぜ彼が気になっているの?


 どうして会いたいって願っているの?


 内心で動揺し、戸惑いながらも足を動かし続けている。


 やめなさい。


 自分で自分に警告する。


 これまで、どれだけ裏切られたの?どれだけ利用されたの?どれだけ貶められたの?


 彼だってそう。結局、これまでとおなじ結果になるだけ。


 それだったら、最初に決意した通り関わり合いにならない。


 彼に近づかない。彼を近づけない。


 貫き通すべきなのよ。


 頭の中では、そう理解している。


 だけど、心の中では理解出来そうにはない。


 頭と心がせめぎあっているときである。


 崩れかけたレンガ造りの屋敷が眼前に現れた。

 唐突に現れたそれは、眩しいくらいの月光に包み込まれている。


 その幻想的な光景に、足が止まっていた。


 しばし、その光景に見惚れてしまう。


 それから、また足を動かしはじめた。


 どうしてかわからないけれど、駆け足になっている。


 レイに関わり合いになってはダメだと、つい先程頭の中で理解したばかりなのに。


 それよりも、心の中の想いが理解を超えてしまっている。


 トマトやパステークやその他もろもろが実っている畑を通りすぎる。


 月光の下、赤や黄色や緑色が鮮やかに浮かび上がっている。


 駆ける速度が若干遅くなったのは、多分気のせいね。


 たわわに実っている作物は、まるでわたしに食べてもらいたがっているみたい。


 いやだわ。そんなわけないわよね?わたしったら、何を言っているの?


 名残惜しいのを、もとい、食べ物になど興味がないので一瞥すらくれない。


 そして、崩れかかったレンガ造りの屋敷の前に立った。


 ちょっと待って。


 こんな夜半に訪れるって、失礼以前の問題じゃないかしら。しかも、女が男のもとにってことになるわよね。


 いろんな意味でヤバくないかしら?


 わたしったらレイに会いたいって気持ちだけで、それ以外のことはかんがえないでやって来た。だけど、どうかんがえたって夜が明けてからにすべきだった。


 いまさら、だけど。


 ここまで来て、躊躇してしまう。


 倫理的にも常識的にもヤバすぎる女ということもだけど、彼に会うということが急に怖くなってきた。


 これもまた、いまさらだけど。


 心臓がバクバクしている。


 これは、専属の侍女レリアに強気で振る舞うときのバクバクとは違う種類のバクバクみたい。


 とりあえず、深呼吸をした。


 冷たい夜気が肌に心地いい。


 それから、また足を動かした。


 屋敷内にいるであろうレイを呼ぶ為に。



「レイ、いるの?」


 かろうじて原形を保っている樫材のごつい大扉を叩きつつ、何度も呼びかけてみた。


 が、「ドンドン」という音が虚しく響くだけで、内側からの反応はない。


 屋敷の外周をまわってみた。


 灯りがついているとか、侵入できそうなところとか、なんらか見つかればラッキーだと思った。


 わたしって、まるで空き巣みたいだわ。


 窓ガラスやガラス扉のガラスにヒビが入っていたり割れていたりはするけれど、窓枠や框は意外としっかりしている。侵入は出来そうにない。そして、屋内から灯りが漏れているということもない。


 屋敷自体がこれだけボロボロなのに、人間ひとが一人入り込めそうな隙間もない。


 玄関の大扉の前に戻ってきた。


 彼はいないのかもしれない。もしくは、外からではわからない部屋で休んでいるのかもしれない。


 朝まで待ってみる?


 諦めきれないわ。せっかくここまでやって来たんですもの。


 そのとき、迷うわたしをあざ笑うかのように、微風にのって「カサカサ」という音が流れてくることに気がついた。




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